仮初めマリッジ~イジワル社長が逃してくれません~
「わかった。辞めるとかそういう話じゃないよな」

小野寺さんが騎士のように凛々しい眉を寄せた。
怒っている表情だけは豊かだ。

「まさか! まだ、それはないです!」

私は慌てふためきながら首を左右に振った。

「まだって。俺の目に琴石は輝いて見えてる。胸を張ってくれ」

小野寺さんはそう言ってスケジュール帳で私の頭のてっぺんを、ペコンと優しく叩いた。

痛くはなかったけれど、反射的に小野寺さんに叩かれたあとを手のひらで抑えて、抗議するように叩いた本人を見上げる。

すると、悲しげな表情でこちらを見つめる彼と視線が交わった。
どうせ無表情なのだろうと思っていたのに、そんな表情で見つめられていたら戸惑う。

「ええっと」

さっきのは単純に言葉のあやというか、自分の生活の困窮具合次第です、という意味というか。

スカウトしてくれた小野寺さんを疑いたかわったわけでも、困らせたかったわけでもない。

この世界に引っ張り込んでくれた恩人を前に、私は頼りない笑みを浮かべたまま、「胸を張りますね」と小さく頷いた。
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