嘘ごと、愛して。
小さく扉をノックする。
今日は素敵な休日だった。
正義はとても優しくて、別れ際まで温かい笑顔に包まれていた。
また明日。
そう言って私の姿が見えなくなるまで手を振ってくれた正義。
いずれ彼の見送る背中が私から真凛に代わる。
その切なさに耐えられなくなって、別れた後、少しだけ泣いた。
「真凛、今日、正義と出掛けてきたの」
中にいることは確かだが、返事はない。
「真凛の代わりにデートしてきたんだけど、正義も真凛のことが好きだって。…ねぇ、出てきたら?彼は真凛のことを色々と考えてくれてるよ。もう晴人さんと同じようなことにはならないと思う」
語りかける。
閉ざされた心を、開くことができるのは正義だろう。けれど彼のことを伝えなければ、何も進まない。私がこうして真凛に話すことが重要なんだ。
今まではそっとしておくことが優しさだと思い、無理矢理に話し掛けなかったが、そうはいかない。早く現状を変えなければ。
「真凛、確かに辛いことも多かったと思う。でも今は毎日楽しいよ?いじめてくる女の子もいないし、正義が傍に居てくれる。友達はまだできないけど、それは私が積極的に関わってないからで、貴方ならきっとすぐに仲良くなれるよ」
扉に寄りかかり、伝える。
「怖くなったらまた私が身代わりをするから、行ってみない?」
「……私は、」
小さな小さな声だったけれど、確かに届いた。
「お姉ちゃん、私は…」
「うん」
「本当は…『志真!裕貴くんが来たわよ!!』」
真凛の声と母親の声が被さった。
「ごめん、なんて?」
「……なんでもない」
「真凛!」
「裕貴が来たんでしょう。早く行ってあげて」
その声は少し震えていて、きっと何か大切なことを伝えようとしてくれていたのだ。
タイミングの悪さに舌打ちしたくなる。
「裕貴と話さなくて良いの?」
「今はひとりでいたい」
「そうだよね。また後で来るね」
一度だけ軽く扉を叩き、真凛の部屋を離れる。
ああ、なんてことだ。
もう少しで真凛から聞くことができたのに。