嘘ごと、愛して。

小さく扉をノックする。

今日は素敵な休日だった。


正義はとても優しくて、別れ際まで温かい笑顔に包まれていた。

また明日。
そう言って私の姿が見えなくなるまで手を振ってくれた正義。
いずれ彼の見送る背中が私から真凛に代わる。

その切なさに耐えられなくなって、別れた後、少しだけ泣いた。



「真凛、今日、正義と出掛けてきたの」


中にいることは確かだが、返事はない。


「真凛の代わりにデートしてきたんだけど、正義も真凛のことが好きだって。…ねぇ、出てきたら?彼は真凛のことを色々と考えてくれてるよ。もう晴人さんと同じようなことにはならないと思う」

語りかける。
閉ざされた心を、開くことができるのは正義だろう。けれど彼のことを伝えなければ、何も進まない。私がこうして真凛に話すことが重要なんだ。


今まではそっとしておくことが優しさだと思い、無理矢理に話し掛けなかったが、そうはいかない。早く現状を変えなければ。

「真凛、確かに辛いことも多かったと思う。でも今は毎日楽しいよ?いじめてくる女の子もいないし、正義が傍に居てくれる。友達はまだできないけど、それは私が積極的に関わってないからで、貴方ならきっとすぐに仲良くなれるよ」


扉に寄りかかり、伝える。

「怖くなったらまた私が身代わりをするから、行ってみない?」

「……私は、」


小さな小さな声だったけれど、確かに届いた。


「お姉ちゃん、私は…」

「うん」


「本当は…『志真!裕貴くんが来たわよ!!』」


真凛の声と母親の声が被さった。

「ごめん、なんて?」

「……なんでもない」

「真凛!」

「裕貴が来たんでしょう。早く行ってあげて」


その声は少し震えていて、きっと何か大切なことを伝えようとしてくれていたのだ。
タイミングの悪さに舌打ちしたくなる。


「裕貴と話さなくて良いの?」

「今はひとりでいたい」

「そうだよね。また後で来るね」


一度だけ軽く扉を叩き、真凛の部屋を離れる。


ああ、なんてことだ。
もう少しで真凛から聞くことができたのに。

< 80 / 185 >

この作品をシェア

pagetop