嘘ごと、愛して。
「正義、サボりか」
暖簾をくぐった瞬間、大きな声が決して大きいとは言えない控えめな店内に響いた。
玉子やメンマを手際よく飾り付けていく男性と、ラーメンを油切りしている男性の2名で切り盛りされているようで、店内はカウンター席のみだ。
「いつもの店長オススメのでいい?」
正義はちょうど二席空いている端の席に座り、私の分の丸椅子を引いてくれた。
"いつもの"という単語に反応しそうになったが、気にしないフリをした。
「晴人のお兄様、オススメ2つ」
「了解」
はい?
まだラーメンが出てきていないというのに割り箸を手に取った正義はそのまま盛り付け担当の若い男性を指した。
聞き間違えでなければ、目の前の男性は晴人さんのお兄さんということになる。
…全然、似てない。
もちろん美形ではあるが、晴人さんのように気品溢れる雰囲気ではなく、職人特有の気難しさが漂う。少し怖そうだ。
「あの日以来だな」
「はい?」
視線は明らかに私に向いていた。
「若い兄ちゃんと来てただろ。あの日は突然の雷雨だったが大丈夫だったか?」
「……はい」
「デートじゃないと頑なに否定してたが、男の方は満更でもないように見えたぞ」
ナルトを盛り付ける晴人のお兄さんはもう私の方を見ていなかった。
変わりにこちらを見ていた正義と目が合い、慌てて笑顔を作る。
「その日って…3/21でないですよね?」
突然の雷雨という共通点だけだが、胸騒ぎがした。
「そうだったな、春分の日の話をした覚えがある」
「ええ」
笑顔が引きつる。
この空間に真凛がいた。
想像すれば、急に寒気がした。
私の知らない新事実が、ここにある。