沈黙する記憶
そう言い、スリッパの音が遠ざかって行く。


あたしは夏男の部屋の窓を見上げた。


分厚いカーテンがひかれていて、中の様子はわからない。


しかし、カーテンにほんの少し隙間が空き、そしてすぐに閉じた。


夏男が外を確認したのかもしれない。


そう思っていると、家の中からバタバタとせわしない足音が聞こえてきて、夏男が飛び出してきた。


一応制服に着替えられてはいるが、シャツのボタンの下半分が開きっぱなしになっている。


「そんなに慌てて出てこなくても、待ってたのに」


裕斗が言うと、夏男はブンブンと強く首を振り、そしてジッとあたしへ視線を向けて来た。


「杏……?」


その言葉にドクンッと心臓が跳ねる。


夏男が正常な精神状態なら、あたしが杏ではないとすぐにわかっただろう。


「……そうだよ」


あたしは夏男へ向けてそう返事をしたのだった……。
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