淡雪
「黒坂様」

 見世から出てすぐのところで、見送りに出てきた音羽が声をかけた。
 随分遅くなったので、もう人の出入りもそうない。

 まして招き屋は花街の奥。
 少々であれば、花魁の格好のままでも目立つことはない。

「揚羽は稲荷神社に監禁されていたのですか? 揚羽があそこに寄ることを知っている人物ってことになりますね」

 黒坂は黙って音羽を見た。

「そして、わちきと黒坂様の仲を知っている者」

 音羽が、黒坂に身を寄せて、そろ、と腕に触れた。

「黒坂様、縁組が進んでいるのですか?」

「進んでねぇよ。受けるわけないだろ」

 じ、と探るように黒坂を見た後、音羽は、ふ、と笑みを浮かべた。

「黒坂様はそうでも、あの武家娘は本気のようでしたが。わちきとあなた様のことも、何だかよく知っているようでしたし」

「音羽、やはり奈緒に会ったのか。舟雅でか?」

「いいえ。あの子も舟雅に入るのはまずいと思ったんでしょう。黒坂様の名を騙って舟雅に呼び出したものの、店の前で待ち構えてました。その後、あの川縁の安宿で話をしたんです」

 やはり、奈緒は音羽に会っていた。
 直接二人で会ったのに、音羽は大人だから手を出せなかったのだろうか。
 害するつもりが失敗したから、揚羽にしたのか。

「何もされなかったのか」

「ああいう子は、変に武家娘の誇りが高いですから、そんな妙な真似はしませんよ」

 そう言って、音羽は奈緒と話したことを黒坂に伝えた。
 自分が黒坂に嫁ぐので、音羽に身を引くよう奈緒が迫ったことと、そもそもの、音羽と黒坂の関係。
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