淡雪
「音羽。帰ってたのかい」

「さっき帰ってきたんです」

 道中の豪華絢爛な衣装のまま、音羽は部屋に入ると襖を閉めた。

「黒坂様、揚羽の居所がわかったのですか?」

 音羽も真剣な表情だ。
 女将が、顔をしかめて頭を抱えた。

「……全く。花魁に影響したらいけないからって、呼びにやらなかったのに」

「わっちの禿ですよ、おかあさん」

 ぴしゃりと言い、音羽は黒坂に顔を向ける。
 そんな硬い表情の音羽に、黒坂は笑いかけた。

「心配するな。揚羽は無事だ」

「……えっ」

 驚いた顔の音羽と女将に、黒坂は稲荷神社の奥の社で揚羽を見つけたことを話した。
 髪の毛はざんばらなものの、特に怪我もなく元気だ、と聞き、音羽はようやく息を吐いた。

「……よかった……」

 心から安堵のため息を吐き、音羽はへた、とその場に手をつく。
 女将も同じように、ほっと息を吐いた。

「だが髪の毛が今は酷いし、それに……ほんとに何ともねぇのか、ちょっとわからん。何日かあんなところに一人で閉じ込められてたんだ。ちょっと、人との付き合いに影響があるかもしれん」

「それは困ります。うちは接客業ですよ。髪の毛はそのうち伸びましょうが」

 女将が一転して憮然とした顔になった。
 一の禿には、見世もかなりの金をかける。
 見てくれが駄目になったわけでもないのに、簡単に手放すことなどない。

「うん、まぁそうだろう。とりあえず髪が伸びるまでは、小槌屋で預からせて貰えないか?」

 うーむ、と女将は唸りつつ、渋い顔をする。
 置屋からすると、中の女はあまり外を知らないほうがいいのだ。

「まだうろうろするにゃ、危険なこともあるはずなんだ」

「そういえば、旦那は揚羽を助け出したようですけど、下手人は捕まえてないんですか」

「ああ。現場にはいなかった」

「……なるほど。だとしたら、外を出歩くのは危険かもしれませんね」

 下手人が捕まっていないのなら、下手にうろちょろしないほうがいい。
 また攫われるかもしれない。
 しばし考え、女将は頷いた。

「わかりました。ではしばらく揚羽をお願いしましょう」

「任せておけ。今後見世との繋ぎは、五平に頼む。女将も、何かあったら五平に頼んでくれ。できるだけ舟を使ってな」

「舟?」

「舟であれば、容易に近付けまい。襲われることもないだろう」

「わかりました。……旦那は下手人に、心当たりがあるのですか?」

 不意に、女将が窺うように黒坂を見た。
 黒坂とこの招き屋に揚羽の髪が届き、音羽との橋渡しをしていた揚羽が襲われた。
 事情をよく知る女将であれば、ある程度の筋は見えるだろう。

「……まぁ、早急に何とかするつもりだ」

 曖昧に言い、黒坂は腰を上げた。
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