淡雪
 その夜、黒坂はふらりと花街に足を運んだ。
 特に用事があったわけではない。
 花街に来たところで、招き屋に揚がる金があるわけでもない。

 他の下流の見世に行く気にもならず、五平にその後の様子でも聞こうかと思っていると、ど、と前方が騒がしくなった。
 招き屋から、華やかな一行が通りに出てくる。
 花魁道中だ。

 ゆっくりと進む道中を、黒坂は人に紛れてぼんやりと見た。
 一行の中心には音羽がいる。
 暗い通りで、そこだけが燦然と輝いているようだ。

---別世界のようだな---

 人垣を挟んでこちら側は、闇に沈んでいる。
 もっともいくら華やかでも、遊女など幸せであろうはずがないのだが。

 音羽を見送り、何となく踵を返した黒坂は、不意に振り向いた。
 ぞく、と悪寒が走った。
 この感じ、少し前にも感じた。

 本能的に、黒坂は音羽を追おうとした。
 そのとき。

 いきなり前方が騒然となった。
 悲鳴が上がり、行列が崩れる。

「音羽っ……」

 花魁道中の行列が崩れた、ということは、暴漢が躍り込んだ、ということだ。
 そしてその暴漢が狙うのは当然花魁である。

 黒坂は人を掻き分け、前に出た。
 そこで目を疑う。

 丁度黒坂が人混みから抜け出したときに、暴漢も音羽に辿り着いた。
 阻まれたら終わりだ、というように、行列に突っ込んだ勢いのまま、音羽に身体ごとぶつかっていく。

 それは懐剣を構えた奈緒だった。
 だが、奈緒が懐剣ごと音羽にぶつかる直前、男衆が奈緒の肩を掴んだ。
 奈緒の足が止まる。
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