淡雪
 どこか釈然としないまま、黒坂も頷いた。
 奈緒の借金を伊田が肩代わりしたことで、奈緒は良太郎から逃れられなくなったわけだ。
 もっとも元々許嫁だったからこそ、伊田は奈緒の借金を肩代わりしてくれたのだが。

「お嬢様が伊田様の元へ嫁げば、もう何も起こりますまい。その頃には、揚羽の髪もそれなりに伸びておりましょうし、普通に使いにも出れましょう。また稲荷神社に通う日が続きますな」

「そうだな」

 何の進展もない、少し前の状態に戻るだけ。
 こればっかりは仕方ない。

「あんたがいろいろ画策したお陰で、今までの『会えればいい』っていうのが本当にお互いの幸せなのか、わからなくなった」

 ぽつりと黒坂が言うと、小槌屋は少し興味深そうな顔をした。

「俺は今のままで十分だ。もちろん音羽を請け出せれば、それに越したことはないが、そんなことは無理だし。月に何度かの逢瀬を見世が許してくれるっていうだけで満足している。でも音羽はどうだろう。あんたの言う通り、俺の存在があいつの身請けを阻んでいるのかもしれん」

「まぁ……全くない、とは言い切れないでしょうなぁ。旦那だって、花魁の存在があるから身を固める気にならない、といえばそうでしょう? 同じだと思いますね。わしはそこのところを、ちょいと変えてみようと思ったまで。もっとも旦那が身を固めたところで、花魁との関係が続くのであれば、花魁のほうの状況は変わらない、とも言えますな。別れるきっかけにはなるでしょうが」

 黒坂には音羽と別れる気はない。
 音羽が誰ぞに身請けされれば別だが……。

「結局は、お互い他には目が向かないってことですよ。だったらわしが何をしても無駄でしょう。けどそこまで想い合ってる二人がどうあっても結ばれない運命にあるってのも、世の中やりきれないですなぁ」

 ふぅ、と息をつき、小槌屋は、かつんと煙管を叩いた。
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