淡雪
「あの……」

 沈黙に耐え兼ね、奈緒が口を開いた。
 が、用があって追ってきたわけではないので、続く言葉が出てこない。
 それをどう取ったのか、男はゆっくりと歩み寄ると、奈緒の傍の樫の木にもたれかかった。

「親父さんの、借金のことが聞きたいのかい」

「え……。い、いえ」

 首を振った奈緒に、男は怪訝な顔をした。
 わざわざ追ってきて、聞きたいことはそれ以外何があるというのか。

「……ま、そんなことは、あんたは知らねぇほうがいいだろうよ」

「でも、何もわからないまま女郎屋に売られるのは嫌です」

 思わず言うと、男は驚いた顔をした。
 が、すぐに、ああ、と納得したように頷く。

「聞いていたのか。そんなことはせんだろうよ。でもま、状況次第、と言えるかな」

 きらりと男の目が光ったような気がし、奈緒は知らず己を抱いた。

「あんたの親父がどう出るか。蔵宿師でも持ち出してきた日にゃ、俺もそれなりに働かにゃならん」

「それなりって? お腰のものを使うのですか?」

「そうならんことを祈るよ」

「いつから対談方なんて、やってらっしゃるんですか」

「捕り方のようだな」

 苦笑いと共に、男が言った。
 質問ばかりする奈緒に呆れたのかもしれない。

 そんなんじゃなくて、と小さく言い、奈緒は俯いた。
 何となく、会話が途切れたら男が去ってしまいそうで、無理やり話をひねり出した結果だ。
 だが何故そこまでして男を引き留めたいのかはわからない。
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