淡雪
「あなたが気付くことが、私に気付かないはずがない。私はあなたよりも、奈緒殿を見ていたのですから」

「……もっともだ」

 最後、奈緒が静に襲い掛かり、良太郎が奈緒と対峙したときに感じた違和感。
 音羽や静を斬り付けたときはわからないが、良太郎に向かって叫んでいた奈緒は、もしかして正気を取り戻していたのではないか。
 あえて良太郎に罵声を浴びせ、刀を抜かせたのではないだろうか。

「今となっては、わからないことだがな」

「そうでしょうか? 全てが事実ですよ。奈緒殿は乱心するほどあなたに惹かれた。でもその上で、そんな自分を恥じるもう一人の奈緒殿も存在していたのでしょう。元々誇り高い方でした。家は少々貧しくとも、武士の娘である誇りは失わないように気丈に振舞っていた方でしたから、自分が浪人に対する色恋で心を乱すなど、認めたくない部分もあったのだと思います」

 黒坂にとっては少々気分を害する内容かもしれないので、失礼、と一応断りを入れたが、特に言い淀むことなく淡々と良太郎は言葉を紡ぐ。

「まぁ、そういう内面の葛藤が、乱心の原因ですかね。当然私に対する罪悪感もあって、それが最後の最後に前に出たってところですか。私だって、奈緒殿を斬るのは躊躇いがあった。でも、あのとき奈緒殿は、私に斬られることを望んでいた。私は奈緒殿の願いを叶えて差し上げた。それだけです」

 良太郎の言う通りだろう。
 彼は黒坂よりも、よほど奈緒を知っている。

「お父上を斬った娘なんて、捕縛されれば間違いなく死罪です。あの奈緒殿に、そんな屈辱を味わわせたくはなかった。それが大きいかもしれません」

「だったら、あんたに斬られるのが、一番奈緒にとっては幸せだったのかもな」

 ふ、と笑うと、良太郎は背を向けた。

「そうだといいんですがね」

 そのまま、夕日に向かって歩いていく。
 そして、真っ赤に溶け込むように、良太郎の姿は黒坂の視界から消えた。

 ぼんやりと、黒坂は境内を見回した。
 夕日に照らされ、神社の境内は真っ赤に染まっている。

 出会ったときは真っ白だったな、と思いながら、黒坂も稲荷神社を後にした。


*****終わり*****
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