淡雪
「そろそろどこか、新居を探したほうがいいですかな」

 珍しく小槌屋の離れにいた黒坂の元に、金吾がやってきて言った。

「新居?」

「奈緒様が来られるでしょう?」

 にこりと言うと、黒坂は思い切り渋い顔をした。

「俺は誰も娶る気はない」

「花魁に惚れたところで、何になるってんです。いい加減現実を見たらどうです? 黒坂様がいつまでも諦めないから、花魁だって身請け話を受けられないんですよ? いわば黒坂様が、花魁の幸せを壊してるってことじゃあないんですかね」

 ぐ、と黒坂が押し黙る。

「黒坂様が奈緒様を娶れば、花魁も誰ぞ旦那を捕まえられるでしょう。双方共に万々歳じゃないですか」

 ぱん、と手を叩き、小槌屋は笑みを浮かべて扇を広げる。
 項垂れたまま、黒坂はため息をついた。

「私は奈緒様が嫁いで来られても、黒坂様は今まで通り、花魁に会えばよろしかろうと思っておりますがね。奈緒様にもそう言いましたが」

「凄いこと言うな」

「男など、そういうものでしょう。月に何度かの廓遊びと思えばいいのです。商家の妻女は、その辺はわきまえておりますよ。ま、そう思えないのがお武家なのでしょうが」

「奈緒に、音羽のことを言ったのか」

 はた、と気付き、黒坂が問う。
 ええ、とあくまで軽く、小槌屋は頷いた。

「あなた様が、頑なに奈緒様を拒むものだから、何かあると思われても不思議ではありませんよ。どうせ知れることです。とはいえ奈緒様のご様子、少々気がかりではありますが」

 うーむ、と小槌屋が、何か含んだように言って顎を撫でた。

「お武家の娘は、思い込んだら一直線な面がありますからなぁ。それに加えて奈緒様は、黒坂様のことを憎からず想っているようです。黒坂様との婚姻、というだけでしたら、そう嫌な条件でもないと思いますよ」
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