淡雪

「許嫁がいるのにか？」

「ふふ、親に決められた相手より、不意に現れた相手のほうが気になる。恋とはそういうものでしょう」

　そう言う小槌屋は面白そうだ。
　他人事であり、且つその成り行きを己が握っている。
　全ては小槌屋の掌で行われているのだ。
　どうするも、小槌屋次第。

「悪趣味だな」

「人聞きの悪い。どなた様も、一般的に幸せになれる方法ですよ」

「俺は今のままでも、十分幸せだ」

「会いたいときに会えず、将来的にも一緒になれる見込みもないのにですか」

　言いにくいことをずけずけ言われ、黒坂は黙る。
　小槌屋の言う通りだが、音羽を請け出せないのであれば、今のままで十分だ、と言うのも嘘ではない。

「だから、花魁のことはそれとして、黒坂様は奈緒様と一緒になればよろしい。奈緒様とて、武家の娘ですからいい嫁になりましょう。黒坂様を好いているのであれば、奈緒様にも不幸なことはありませぬよ。月に数回の廓遊びだけ目を瞑って頂ければ、誰も損はしませぬ。強いて言うなら、手前の貸した金が返ってこないぐらいですかね」

「奈緒が俺の元に嫁げば、高保の借金も伊田の息子の借金も棒引きなのか？」

「……厳密には、高保様の、元の借金は残ったままなのですがね」

　奈緒が担保になっているのは、奈緒自身が借りた追加分と、良太郎の借金分に関してだけだ。

「けどそれも、奈緒様が自身の花嫁道具を売り払って作った金で、大分減ったと思いますよ」

　ふぅ、と腹の底からため息をつき、黒坂は立ち上がった。

「その点でも、よかったと思いますよ。黒坂様の元に嫁ぐのに、そんな支度はいりませんから」

　相変わらずにこやかに言う小槌屋を残し、黒坂は離れを出た。