淡雪
「使いの者がいなくなれば、花魁と連絡も取れませんでしょ? 会う術がなくなれば、忘れられるのではないですか? ご安心ください、花魁の元にも、ちゃんと同じものを届けてありますから」

「同じものって何だ? あんた、揚羽をどうしたんだ!」

 わざわざ髪の毛を届けなくても、揚羽を帰せばいいではないか。
 髪の毛をざっくり切られた禿に、音羽も今後、外に出すのを躊躇うかもしれないのだし。

「わたくしもね、きちんとお話したかったんですよ。音羽花魁の逢引きの手引きはやめなさいってね。花魁も勝手なことせず、廓の中で大人しく生きていきなさい、と伝えて貰おうとしたんですけど、まぁ花街の女子というのは強情というか。禿といえども一端の口を利きますのね。生意気で、嫌になりました」

 はい、と黒坂に黒髪を渡し、奈緒はくすくす笑いながら、踵を返した。

「黒坂様も、もうここへ通う必要はありませんよ。まぁわたくしと初めて会った思い出の場所といえばそうですけど。今後ずっと一緒にいれば、そんな場所も必要ありませんでしょ」

 晴れやかに笑って、奈緒が去っていく。
 その後ろ姿を、黒坂は茫然と見送った。



 どうしたものか。
 しばし黒坂は、その場に留まって手の中の黒髪に目を落としていた。

 今日、揚羽はここに来たのだ。
 そして、奈緒に会った。
 黒坂が来たときには、誰の姿もなかったということは、それ以前に会ったということで。

 揚羽は髪を切られて身の危険を感じ、逃げ帰ったのだろうか。

 とりあえず、黒坂は舟雅に向かった。
 揚羽から何か聞いた音羽が、もしかしたら来ているかもしれない。
 そう思ったが、宿の女将に聞いても、音羽は来なかったと言う。
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