淡雪
 迷った末、黒坂は花街に足を向けた。
 直接招き屋には行けないが、何か掴めるかもしれない。

 すでに日は落ちている。
 花街が一番活気づく頃合いだ。

 遠目に招き屋を眺める。
 特に変わりはないようだ。

---奈緒の狂言だろうか---

 それならそれが一番いい。
 何事も起こらなかったのであれば。

 息をついたとき、わぁっと歓声が上がった。
 招き屋から、大勢の人が出てくる。

「音羽花魁の道中だぞ!」

 さぁっと通りの人々が割れ、その中心を、男衆や禿、新造を従えた華やかな一行が、ゆったりと歩いてくる。
 行列の中心に、着飾った音羽が八文字を描きながら進んでくる。
 人混みに紛れて、黒坂はその様子を眺めていた。

 と、不意に音羽の視線が流れ、黒坂を捕らえた。
 一瞬動揺し、強い視線で黒坂を見る。
 何かを訴えているようだ。

 が、皆の注目の中、客でもない一人の男に声をかけるなどできない。
 もどかしい思いで道中を行っていた音羽が、前帯から僅かに手を引いた。
 丁度黒坂の横を通ったときに、手に持ったものを密かに振って見せた。

 すぐにその手は引っ込められ、ちらりと音羽が黒坂を見る。
 そのまま黒坂を通り過ぎて、道中は遠ざかって行った。

---あれは……---

 音羽の背を見つめ、黒坂は着物の上から懐にしまった黒髪を押さえた。
 音羽も同じものを持っていた。
 それを先ほど、黒坂に見せたのだ。

 揚羽に何か起こった、と言いたかったのだろう。
 音羽の一の禿なのに、道中に姿がなかった。

---ということは、揚羽は招き屋にも帰ってないのか!---

 音羽に詳しく話を聞きたい。
 だが繋ぎ役に何か起こった今、音羽と連絡を取る術はない。
 このままでは、奈緒の言う通り二度と音羽に会えない。

---とにかく今は、揚羽の安否だ---

 そう思い、黒坂は花街を後にした。
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