淡雪
「まぁそうなのですがね。そこまで許嫁のために必死になっているのを知ってしまうと、気になりますもので」

「……小槌屋は、札差には向かぬのぅ」

 苦笑いしつつ、伊田は杯を傾けた。

「やはり奈緒様のようなお方は、良太郎様のような実直なお方に嫁がれるのがよろしかろう」

「だから、わしに奈緒殿の借金の肩代わりを頼む、ということか」

 伊田の言葉に、小槌屋は目を細めた。
 奈緒は黒坂に惹かれている。
 それだけなら、このようなことは頼まない。

 借金の形とはいえ、好いた男に嫁げるのだ。
 許嫁への言い訳もたつ。

 が、今の奈緒の状態はまずい。
 このまま黒坂に嫁げば、花魁の身が危うくなるかもしれない。
 花街の奥深くにいる花魁になど、そうそう女子が手出しできないとは思うが、禿を攫ったところといい、どんな手を使うかわからない。

---人選を誤ったな---

 美人でしっかりしており、頭も良さそうだ。
 そういった雰囲気は音羽と通じる。
 黒坂が拒否するのはわかっていたが、じっくり付き合えば、そのうち惹かれる要素は十二分にあると見た。

 幸い奈緒は黒坂を好いていたし、これで黒坂が奈緒に惹かれれば、彼にとっても良いことだと思ったのだ。
 それがまさか、このようなことになるとは。

「手前どもも、お武家に対してあまり無体なことはしたくありませんのでね。無理やり奈緒様を奪って、良太郎様に斬られるのも御免です」

「そうか、おぬしが襲われる可能性もあるの。そこは気付かなんだな」

「辻斬りをして、はした金を手に入れるより、そこまで思い詰めたら、手前を斬るほうが得策でしょう」

「今おぬしを斬れば、あっという間に足がつきそうだがな」

「自分の命を危険に晒してまで、若いお二人を不幸にはしたくありませんのでね」

「……そうだな。考えておこう。良太郎にも釘を刺しておく」

 伊田も自分の息子が変に凶行に及ぶのは避けたいはずだ。
 良太郎のことは何とかするだろう。

---これで奈緒様の分も伊田様が持ってくれれば、厄介払いができるというものだが---

 密かに思い、小槌屋は伊田の杯に酒を注いだ。
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