淡雪
「それで、音羽は出かけたのか?」

「ええ。急ぎだって言うんで、わちきは買い物に行く前に、見世に取って返して花魁に伝えました」

 ということは、揚羽が買い物に行くのを待っていたということか。
 確かに伝手もない女子が花街の花魁に繋ぎをつけようとしても難しいだろう。

「奈緒が呼び出したんだな。でも舟雅に行けば、俺に伝わりそうなもんだがな」

「そういや伊田の倅が、前に奈緒様に舟雅について聞かれた、と言ってましたな」

「あの前で奈緒に会ったことがある。小槌屋が、俺が音羽と会っているとあいつに言ってるし、逢引きの場所が舟雅だとわかったんだろう」

 わざわざ音羽本人に会って、何をしたのだろう。
 黒坂が音羽から何も聞いておらず、舟雅の女将からも何も聞いていないとなると、前に黒坂が音羽と会ってからのことなのだろう。

「別に音羽は、普通に帰ってきたんだよな」

「はい。少し元気がなかったような気はしましたけど」

 音羽に関しては、害する気がなかったのだろうか。
 大人だから、躊躇したのか。

「まぁ今更それはいいか。揚羽も無事に取り返したし、奈緒との縁組みもなくなった。これ以上、何をすることもないだろう」

「そう願いますがねぇ。お嬢様の所業は、ちと常軌を逸しております。最早理由など必要ないかもしれませぬよ」

 奈緒の借金がなくなった時点で、黒坂との縁組みも立ち消えた。
 奈緒が音羽を排除する理由もなくなったわけだが。

「ここまでするのは、お嬢様の黒坂様への想い故でしょう。ただ嫁ぎ先に女子の陰があるのが嫌だ、というだけではないと思いますよ」

「そうかな。そこまであいつが俺のことを好いてるとも思えんな。ちょっと毛色の違った玩具に執着しているだけじゃねぇのか」

「人の想いは、言ってしまえば執着ですよ。ただお嬢様の場合は妄執というか。何かに取り憑かれていそうな勢いですし。心配です」
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