秘密の会議は土曜日に
理緒へ

今日はありがとう。

敬語には妥協したけど、俺を『高柳さん』と呼ぶのは無しだ。結婚したら理緒も高柳になるんだから、ややこしいだろ。

宗一郎



* * *



「た、高柳……理緒!!」


うっかり口に出してしまうと、顔が熱くなってしばらく治まらなかった。私が『高柳さん』になるなんて、どんな天変地異だっていうの!


高柳さんが帰った後も、この部屋にはたっぷりと気配が残っている。高柳さんが使ったマグカップ。高柳さんが座ったクッション。このテーブルのそばでキスして……。


「だぁう!私の変態!!」


ごろんと床を転がると、危うく花瓶にぶつかりそうになる。

存在感抜群の大きなバラの花束を見上げると、余計に胸がざわつく。今の時点でドキドキして仕方がないのに、同じ家に暮らすようになったらどうなってしまうんだろう。



フワフワした気持ちを引きずったまま出社すると、ぼーっとしていたせいか女の人にぶつかってしまった。彼女から春風の甘い香りが弾ける。


「きゃ」


こんな可愛い悲鳴は当然私の声ではない。この人は……高柳さんの秘書だ。名前は永田さん。私よりずっと体が細いから彼女だけ転びそうになってしまって申し訳ない。



「すみません、大丈夫ですか?」



「あ、はい大丈夫……

ぷ。すっぴんとかありえないでしよ。」


ぱちっと大きな目が笑いを含んで歪み、彼女は足早に去っていった。



「うわー、聞いちゃった。すげぇな今の」


「鴻上くん?おはよう」


鴻上くんは彼女の後ろ姿を見送って面白そうに笑った。白い歯が見えて、いたずらっ子だった頃の面影が漂う。


「瞬間マウンティングって感じ。高柳さんのそばにいる時とキャラ違っちゃってるじゃん」


「マウンティングってプロレスの?あんな華奢な人が?」


「理緒は相変わらず鈍くて平和だな……。

ってかお前化粧してなかったんだな。」


私だって肌色の日焼け止めを塗ってると主張したところ、「そんなこと誇らしげに言うか」と馬鹿にされた。


「どうりで顔が幼いと思った。この歳でその童顔は逆にスゲー。

理緒は永田さんみたいな路線に走るなよ。絶対似合わねーから」



「あの人みたいになれるなんて思ってないよ。何もかも……私とは違いすぎる」


言われなくてもわかってる。

小さな顔にツヤツヤの長い髪。華奢な足に似合うヒールの靴。高柳さんの隣にいると、これ以上なく絵になるきれいな姿。


「げ、本気で落ち込むなよ馬鹿!

あぁもう言わせんな。理緒はそのままで可愛いってことだよ。」


鴻上くんはぼそぼそと聞き取れない言葉を言ったかと思えば、ばちんと私の背中を叩くので前によろめいた。「痛いよ」と文句を言った時には、鴻上くんはスタスタと先を歩いていた。
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