キライ、じゃないよ。
待ち合わせの時間が近づいてきて、腹を括って支度を始めた。

そこへ無料メールアプリの着信。

相手は香からで、やっぱり温泉に行っていたのだと、送られてきた写真から分かった。

露天風呂から見える雪景色に猿が写っている。


「可愛いなぁ」


呟きに返るように着信が入り、電話に出た。


『護、電話くれたでしょ?ごめんね出れなくて……今ね、宏也の運転で温泉来てるの』

「写真見たよ。お猿、可愛かった。周り真っ白だね」

『そうだよ、一面の銀世界。ここが北海道ならキタキツネにも会えたんだろうけど、猿しかまだ見てない!』


電話の向こうの楽しげな声に正直羨ましいと思った。


『で?護はどうかしたの?用があったんでしょう?』

「ううん、大したことないよ。今日暇だったから、ご飯どうかと思っただけ」


樫の事も、八田くんの事も言えなかった。こんなに楽しそうにしてる香に心配かけそうな気がして。


『暇なら私じゃなくて樫にかけなよ。樫、護からの電話きっと待ってると思うよ』


香の何気ない言葉に、急に鼻先がツンと痛くなった。


「……待ってないよ。樫は、田淵さんと一緒にいるから……」

『え?なに?護、聞こえないよ』


香の声に我に返る。ポツリとこぼした声を拾われずにホッとした。


「なんでもないよ、ごめんねお楽しみなところお邪魔しちゃった。貴重なお休みでしょ、楽しんでおいでよね」


『護?……うん、じゃあ、お土産買って帰るから。またね』


香の言葉を繰り返すように「またね」と答えて電話を切った。
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