キライ、じゃないよ。
靴を履いて、右手をついて腰を浮かしたその瞬間、右手首をガッチリと樫に掴まれていた。


「え、か、樫?」


樫の右手は私の手首を掴んだまま、左手で胸元の財布から器用に2万円を抜き取ると、テーブルの上にバン!と音を立てて置いた。


「これで払って。帰りはタクシー使って帰れ。原川は田淵の家に泊まってやれよ。明日は休みだろ」

「え?ちょ、樫くん?」

訳が分からないと声を荒げる原川さんを、樫は容赦なく睨みつけた。

ちょっと引くくらい怖い。

田淵さんも同じく怖いと思ったのだろうか、真っ青になって何も言わずに原川さんの腕を引いた。

何が起こっているのか分からず、呆然とする私の右手を、樫はあえてゆっくり引いて立たせてくれる。

そして自分と私のコートを左手で掴むと、八田くんをまっすぐ見た。


「八田、悪いけど護と話があるから、ここからは俺に譲って」

「皐月さんはものじゃないよ。譲るとか譲らないとかは違う。彼女にその意思がないのなら、誘ったのは俺だから、俺が彼女を家まで送るつもりだよ」


不機嫌な樫に女子3人は慄いているのに、八田くんは涼しい顔だ。

けれど八田くんの言葉に、樫は私を見下ろして、そして小さく息を吐いた。


「護と話がしたい。護の時間を俺にください」


さっきまでとは打って変わった様子で、頭を下げる樫に、私は我に返って「はい」と返事をした。


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