優しいあなたの嘘の法則




「って、あれ、遠回りするの忘れた」
帰り道も想くんのことで頭がいっぱいだった私は、本屋さんを迂回するのを忘れてしまった。ふと気がつくと本屋の前に立っていた。

以前は怖くて中に入れなかった。でもなぜか、私の足は本屋の中へと進んでいた。

〝それだけ好きだったってことじゃん
むしろ誇っていいんじゃない?
それだけ好きな人に出会えてよかった、って〟

優しい想くんの言葉が、私の背中を押してくれたような気がした。


久しぶりに入った店内は、たった数ヶ月訪れなかっただけなのに、雰囲気がまるで違った。

売り場の配置が大きく変わっている。入ってすぐにあった小説コーナーは雑誌のコーナーに生まれ変わっていた。

告白したときは、夏休みは明けたばかりで、店に入った途端冷房の冷たい風が火照る身体をさましてくれていた。気がつけば10月になっていた。久しぶりに店に入った私を、冷房の効いていないなまぬるい風と、懐かしい人が出迎えてくれた。

「実希ちゃん!」
「っ、一之瀬さん」

色素の薄い茶色の髪をなびかせて、私の元に慌てて走ってきた店員さんは、私がずっと好きだった書店員さんだ。

眼鏡の奥で輝く、目尻の垂れた優しい二重の目も、白く細長い手足も、何一つ変わらない。髪は少し伸びただろうか。前髪が目に少しかかっていて、以前より大人っぽい印象になった。

「ずっと顔出せなくてごめんなさい」
「さびしかったです」
「あの、友達としてでいいので前みたいに定期的に顔を出してもいいですか?」
「もちろん」

一之瀬さんは嬉しいと何度も言って喜んでくれた。告白のことについて何も触れないのは、一之瀬さんの優しさだろう。その言葉たちも、笑顔も、私が望んでいたような意味はない。「大切なお客さん」という意味しかないのだ。それでも、気まずくなって二度と話せなくなるよりは全然いい。


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