優しいあなたの嘘の法則



「一之瀬〜、店長が呼んでるぞ」

そのときだった。
聞き慣れた声が聞こえた。いつもは意地悪なのに、時にどこか優しい声。声の方を見ると、憎らしいほど綺麗な黒髪が視界に入った。

「っ、実希ちゃん、」
「っなんで、想くんがここにいるの?」

一度でも見たら忘れないほど綺麗なその黒髪を、わたしは見たことがあった。大学ではなく、この本屋で。

ーーずっと会いたかった想くんは「二宮」という名札をつけて、一之瀬さんと同じ制服を着て立っていた。

「っ、」
「コンビニでバイトしてるって言ってたじゃん」
「ごめん、嘘ついてた」
「なにも知らない私のことバカにしてたの?」
「ごめんっ」
「否定してよ…」
「ごめん、実希ちゃん」

私の言ったことを否定せず、言い訳もせず、想くんは何度も何度も謝っていた。私は本当に騙されていたんだと痛感した。そう思ったとき、私はその場から逃げ出していた。

後ろから私を呼ぶ一之瀬さんの声が聞こえたが、聞こえないふりをして本屋を飛び出した。

〝無理して忘れなくてもいいんだよ〟
〝それだけ好きだったってことじゃん
むしろ誇っていいんじゃない?
それだけ好きな人に出会えてよかった、って〟

嘘をついて人を騙していた想くんを、最初こそ最低な人だと思った。でも想くんとたくさん話をして、彼を知っていくにつれて、私の考えは変わっていった。
彼は確かに嘘つきだ。けれど人の気持ちをもてあそぶような人じゃない。本当はとても優しい人なのではないかと思ってた。

それは私の勘違いだったみたいだ。

本屋を出たあとも、溢れる涙が留まることはなかった。

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