甘い脅迫生活
「社長の家の隣は、秘書の山田の家です。」
顔を上げれば、小竹専務が笑顔で山田さんに手を振っていた。
「え?え、え?」
ま、まさか。
「お分かりですか?噂なんて当てにならない。全ては憶測にすぎず、真実ではないんです。」
ニッコリと笑った小竹専務が、マイクスタンドからマイクを外して、私のところに歩いてきた。
「人は見かけによらない。社長はこう見えて変人ですし、山田はまぁ、このままですけど、」
このままなんかい!内心ツッコミを入れながらも、私の肩に手を載せる小竹専務をぎこちない笑顔で見上げた。
「それに美織さん。みなさん、たかが事務だとか、庶民だとか言って舐めていると、」
あー、でもやっぱり。この笑顔が優雨と凄く似てる。
「痛い目に遭いますよ?」
目の笑っていない笑顔は、優雨の得意技。
「天下の西園寺優雨を支配してるのは、こんなに可愛くて小さい、この人なんですから。」
ね?とばかりに私に笑いかけた後、静まり返った会場に同意を求めるように、小竹専務は首を傾げた。
気のせいかな?会社の重役たちが小さく頷いたような。
「お幸せに。奥様。ほんとうに、応援しています。」
「あ、ありがとうございます。」
お礼を言った私にもう一度ウインクをしてみせた専務は、マイクを元の位置に戻して深く礼をした。
静かな会場を何食わぬ顔で進んでいき、自分の席に座ると、隣の席の山田さんに話しかける。そんな彼女と話す山田さんは、相変わらずの、無表情。