花の名前

4

 瞬く星を見ていた。
 あの日、どうして出会ったんだろう。

 この世で変わらない物は何一つ無い。
 動かない星とされている北極星ですら、いつか違う星になるように。

 いつか、この思いも、痛みも。
 違うものに変える事が出来るだろうか――――――




 名前を呼ばれた気がして、目を覚ました。

 石膏ボードの天井と、カーテンレールが目に映る。
 顔を横に向けると、スタンドに点滴のパックが掛けられていた。ポツン、ポツン…と滴り落ちる雫を見るとも無しに眺めていると、カチャリとドアが開く音がする。カーテンを引いて、白衣の人物が顔を覗かせた。

「…目が覚めた?」
 はい…と言おうとして、痛みに顔を顰めた。
「口の中が切れてたのよ。腫れも…ホントに酷いことをする。」
 言われて、蘇った記憶に身震いをした。美幸さんが宥めるように、腕に触れる。
「大丈夫。少し裂傷は見られたけど、問題無いわ。」
 美幸さんはそう言うと、ふぅとため息をついて、ベッドサイドの椅子に腰掛けた。点滴の管に触れながら、呟く。

「ただ、栄養不足と貧血ね。…今の時期は気を付けないと。」

 そう言って、こちらに向けられた視線に、一瞬、目を見張ったものの、直ぐに視線を落とした。やっぱり…。
 美幸さんはそれ以上何も言わず、点滴の針を刺した腕をポンポンと優しく叩いた。
「和臣は今、警察の事情聴取を受けてるのよ。貴女に話を聞くのは、明日にして貰ったから、今日はここでゆっくり休みなさい。」
「…警察…」
「器物損壊…かしらね。後は建造物侵入…」
 驚いて、思わず身を起こそうとしたのを、美幸さんにやんわりと抑えられる。
「大丈夫よ、事情が事情だから。まあ、やり過ぎだとは思うけどね。」
「どういう、事ですか…?」
 聞くと、美幸さんは苦笑した。

「貴女のオフィスに行くのに、入口で守衛さんに止められたらしくてね。まあ、当たり前なんだけど、…突破するのに、バイクを突っ込んじゃったらしくて。」

 突っ込んだ―――?

 俄には信じられず呆気に取られていると、美幸さんが微笑んだまま視線を落とした。
「まあでも、それで、逃げられずに済んだらしいから」
 誰が、とは聞かなかった。

 カズに蹴り飛ばされて、カズを追いかけてきた守衛さんに取り押さえられ、カズを捕まえるために駆けつけた警察に突き出されたらしい。

 顔を上向きに戻して、目を閉じる。
 そっと、もう一度腕に触れて、美幸さんが立ち上がった。

「ちゃんと話し合いなさい。これからどうするのか。」

 どちらにしても、協力は惜しまない。
 そう言い残して、部屋を出て行った。
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