颯悟さんっ、キスの時間です。(年下御曹司は毒舌で腹黒で…でもかわいいかも?)
ずらりと並ぶ重厚なドアに萎縮しながら、つまずかないように歩く。するとグレーの何の変哲もない鉄扉の前で彼は足を止めた。彼がドアノブを押すと、ギイとさびた音を鳴らしてドアは開いた。

え? 非常階段?

ぐいと腕を引かれ、私の背後でドアはガタンと閉まった。

薄暗く、ひんやりした空間にふたりきり。

目の前には意地悪に笑う推定20代半ばのモデル男。


「は、離してください」
「オレの言うこと聞くならね。取りあえずキミの名は?」
「麦倉みのりです」
「ダサ……」


モデル男は私から視線を逸らしてつぶやいた。
失礼だ。


「そういうあなたは?」
「キリュウソウゴ。地名の桐生に、はやて、孫悟空の悟」
「はやて?」


二の腕をつかんでいた手が私の手首に降り、くるりとひねる。私の手のひらで動く彼の指がくすぐったい。


「立つ、を辺にして風。わかる?」
「はい」
「りっしんべんに漢数字の五、下に口。桐生颯悟。わかった?」


桐生颯悟……確かに私の姓名と格が違うけど。
にっこりと笑いかけられ、私の胸はきゅんとした。イケメンに興味があるわけじゃないけど、間近でモデル顔に微笑まれたら誰だってドキドキする。


「で、キミはいまからオレの恋人ね!」
「え?」
「役員専用エレベーターに乗った罰だよ。設定は一度しか言わないから頭に叩き込んで。いくよ?」
「え、あの、なんですか、それ」


にっこりとほほえんでいた彼の顔がまたあきれ顔に戻った。


「いいから。いうこと聞かないなら地方支社に戻すよ。キミとオレは半年前の本社支社交流会で知り合った。それでキミがオレに一目惚れして押し掛け女房的にやってきてオレはイヤイヤつき合うことになる」
「な、なんですか、その設定!」
「うるさい。時間がないんだ、いくよ? それでつき合ってみたら料理も上手で聞き上手でオレを精神的に支えてくれて、そして仕事もできるバリキャリさん。いい?」


っていうか、料理上手でも聞き上手でもバリキャリでもないけど。


「よくありませんけど、で?」
「オレのことは颯悟さんって呼んで。はい、練習。呼んで?」
「そ、そうごさ、ん?」
「なんで語尾があがるの? そんなこともできないなんて、キミ、バカ?」
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