嘘だらけの秘密
事務所に戻っても、結局どうしたら良いかわからず、
送ったると言った戸波さんの言葉すら理解出来ず、
あまり仕事に集中出来なかった。
戸波さんは会社の比較的近くに住んでおり、
わたしはドアトゥードアで1時間程の所に住んでるのもあり
よくよく考えたら送ってくれるなんて無意味な事
理解出来るはずもなかったからだ。
第一奥様がいる。髪の毛が落ちるかもしれない。車なんて乗っていいものか?
それに車なんていう密室で、1時間近くも一緒にいたとして、わたしの気持ちのおさまりがつくはずがない。
欲しくなってしまう。
あかんのに。人のものやのに。
そんな上の空でひたすら仕事をこなしていたら
いつの間にやら定時を過ぎ、事務所から戸波さんが消えていた。
わたしの席は戸波さんの席に背を向けるように配置されていて、常に戸波さんがいるかを確認することは出来ないから、いつ帰ったのか、気が付かなかった。
コピーを取ろうと席を立ち、はたと我に返ったのだ。
やっぱそうやんな。もう帰っちゃったか。バカらしい、泣いて疲れたしわたしも帰ったろ。
でもちょっとは期待して、バカやったな。
張り切って(上の空で)残業なんかせんと、定時で上がったればよかった。
そう思った途端、やる気が失われた。上司も不在やったことで余計ハードルも下がり、ものの3分程度で事務所を後にした。
事務所は2階にあり、外付けの階段を降りたところに喫煙所がある。
階段を降りたところで、びっくりして足を止めた。
タバコを吸ってる戸波さんがいた。
戸波さんは急いで吸い差しを灰皿に押し付けて、着いてこい、と顔で合図をした。
すぐに背を向けて、随分な早足で歩き始めた。
わたしは車通勤ではないから、駐車場付近でうろうろするのを見られることすら怪しい。
しかし、戸波さんにぴったり着いてくのもたぶん怪しいやろうと思って、10mくらい後ろを小走りについていった。
駐車場のだいぶ奥の車の鍵が開いた。
ランプがピカピカした。
戸波さんははよ乗り、と小さい声で言って
助手席のドアを運転席側から乱暴に開けた。
ちょっと驚き、戸惑いながらもわたしは乗った。
車内はタバコ臭いかと思ったけどそうでもなくて、
奥様が臭い管理をちゃんとしてるのかな?と思ったら少し微妙な気持ちになった。
ドアをしめたら、勢いよく車が発車した。
戸波さんの運転は粗めだということを思い出し、なんとなく不思議な気持ちになった。
かなり前に、戸波さんと、3つ上の先輩、1つ上の先輩に誘われてランチに行ったとき、知ったことだ。
あれが戸波さんの運転で車にのる初めての機会で、当分ないだろうと思っていた。
やのに今は戸波さんの所有物の車に、二人きり。
こんなことがあっていいのかという気持ちと、なんとなくドキドキする気持ちが相俟って
ますますわたしは黙りこくっていた。