ホワイトデーにおくるのは。
俺が幼い頃、母さんが死んでしまってから、父さんは一人で俺を十六才まで育ててくれた。

母さんのことは全然覚えておらず、父さんの言動やアルバムの写真だけが母さんを知る頼りだった。


「父さんは母さんになにか贈ったことあるの?」

「一回もない。母さんはバレンタインデーを自分の料理の延長線上にあると考えていて『お返しなんていいわよ。作ってる時間とあなたが喜ぶ姿を想像するのが楽しいんだから』なんて言ってたからなぁ」


時間と想像か……。

RPGで探索してる時間を費やしたり、攻略本を読んでできる姿を想像したりするのが楽しいのと同じ感覚なのかな。いや、料理とRPGは違うか。


「早く食べてしまいな。もう冷めてしまうだろう」

「うん」


いつの間にか箸が止まっていたのに気がつき、ご飯を頬張る。

みそ汁は若干冷めていて、残念ながら本来のおいしさを感じなかった。

それでもかきこむように、口の中へと運んでいく。


「ごちそうさま」

「よし、片付けるぞ」


シンクまで自分の分の食器を持っていくと、父さんはうでまくりをしてシンクの前に立った。

給湯器のスイッチを入れてお湯を出し、スポンジに洗剤を浸け、じゃぶじゃぶと泡が立つ手応えを感じてから、洗いやすい箸から手に取り洗い出す。

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