ホワイトデーにおくるのは。
「俺たち男にはわからんよな」


蛇口から出る水の音に負けないように、父さんは少し声量を大きくした。


「食べられれば、なんでもいいって思うのに、片付けもめんどくさいと思うのに。母さんは料理が好きだった」


きれいにしてゆすぎ終わった食器をケースに入れて、それを俺が取り、布巾で水を拭き取って、棚に入れていく。

いつもの連携プレイをしながら、父さんは話している。


「『胃と心って結びつきが強いでしょ。ストレスで胃が痛むこともあれば、おいしいものを食べて、喜ぶこともある。自分で作って、食べてもらった人の胃袋をつかむのが、たまらなく幸せなのよ。胃袋をつかむってことは、心もつかむってことなんだから。それを想像してるのがなにより楽しかった』ってな。」


この話は、何回か聞いたことはあったけど、その度にすごいな、とただ漠然と驚くだけだった。


「まったくわからんよな」


料理はしないけど、父さんはいつもこの作業をする。

食器洗い機を買えば、めんどくさいことなんてしなくて済むのに。

お米だってそう。

炊飯器でわざわざ炊かなくても、電子レンジで簡単に済ませられるパックが売っているから、それを利用すればいいのに。


思い出してるんだろうな、忘れないように……。


『わからんよな』と言いながらも無意識に嘘をついてしまっている父さん。

不器用な生き方かもしれないけど、その背中は俺が成長してからも大きくみえる。

食器をすべて片付け、明日の分の朝ごはんと弁当用のお米を研いで、朝に炊けるようにタイマーをかけておく。

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