ホワイトデーにおくるのは。
「オッケー。じゃあ、オーブンに入れてくれる? もう余熱は済んでいるから」


余熱?

なんのことかはわからないが、とにかく言われた通りに入れる。

オーブンといっても、電子レンジなんだな。

そういう機能があるのか。

甘奈はオーブンの戸を閉めて、スイッチを入れると、中身が温まり始めた。

正直なところ、普段使っている電子レンジとなにも変わらないし、オーブンとはなにが違うのか全然わからない。

しばらくすると、甘奈がオーブンの中の様子を見ながら「ねぇ、来て来て」なんて言う。

椅子に座って休めていた重い腰を起こして、どうしたのか近づくと、もこもこもこっ、とチョコが膨らみ始めていた。

こんなふうになるんだな。言われたことをしていただけとはいえ、自分が作ったものがみるみる形を変えていく姿は、感慨深いものがある。


「もうすぐね」


レンジの透明なドア越しに、微かに映る俺の顔を見ながら、話す甘奈の声には喜びの色がにじみ出ている。

チーン。

甲高い音が鳴ると、甘奈は鍋つかみをして、中のチョコを取り出した。

ちょっと焦げがあるが、あまり焼き色は付いていない。

ただ、いい感じに膨らみを保っていて、このまま食べてもおいしそう。

甘奈は「焼き加減はどうかな」と言いながら、つまようじで三回軽く指して、中身を確認している。


「うん、大丈夫ね。あとはあら熱がとれるまで待って、冷蔵庫に入れるだけね」

「このままでもいいんじゃないか?」

「だーめ! これはこだわりの行程なの!」


強い口調で言われて、肩身が狭くなった。

俺にはわからないが、これもレシピの一貫なんだろう。

立っていた湯気が少しずつなくなっていき、完全に消えていった。


「よし」


その機を見計らって甘奈は冷蔵庫に、作ったチョコを入れた。


「今日はここまでよ。お疲れ様。大半はやってくれて、助かったわ」

「いや、俺がお願いしたことだから」

「そうだったわね」


エプロンを脱ぐ姿になぜかドキッとしてしまった。

動揺がばれないように、平静を装い、なんでもないような顔をする。


「さぁ、帰った帰った。私、洗濯物を取り込みたいから」

「お、おう」


洗濯物か。

さすがに下着なんて、目の当たりにしたら気まずいから、仕方ないな。


「気をつけてね」


もっと一緒にいたいと思っていたけど、外に出ると、夕方が終わりそうになっていた。

空は群青色に覆われ、西に見える雲だけが少し紅くなっている。

時間経過の早さに感覚が追いついていない感じ。

夢中だったのだろうか、俺も。

いつの間にか顔が綻んでいた。

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