たった一つの勘違いなら。


「ねえ、富樫くんと付き合ってるってあなたでしょ」

朝早い廊下で声をかけられて立ち止まる。

秘書課の方だったかな、この人。噂になっていた1人だと思う。真吾さんよりたぶん少し年上の華やかな顔だちの女性。

「社長室経由だから割と確かな話だけどね、お見合いするらしいよ、彼」

「そうなんですか」

「捨てられるわけないと思ってる? 自信あるんだ」

じろじろと面白がるように私を見る。

私も噂のリストに一応入っているというから、こういうこともあるのかなって少し思っていた。でもやっぱり気持ちの良いものではない。

「目立たないけどよく見ると美人系? 趣味はいいんだよね。でも口が上手いだけだからあんまり信じない方がいいよ。あらゆることに適当だから。戻ってきてから少しは真面目にやってるみたいだけど」

「そういう目で見てるだけじゃないですか? 口が上手いだけなんてことないと思います。富樫課長は心がきれいなんです」

ムッとして言い返したら鼻で笑われた。口が上手いぐらいしか欠点がないなんてむしろすごいことなのに。

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