偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎

「……話はそれだけかな?野田さん」

稍はもう「康平」とは呼ばなかった。
一応「課長代理」という役職だから「さん」付けにしてみた。

一瞬、野田が呆けた顔をした。

「いや……もう一度、これを受け取ってほしいんだ」

素早く気持ちを立て直して、野田がポケットから空色のジュエリーボックスを取り出す。
彼も証券会社の営業マンの端くれだ。
結構、打たれ強かった。

「わっ、ティファニーっ!」

沙知のテンションが、マイナスのベクトルから突然プラスに変わった。

野田がパカッと開けて、すーっと稍の前に押し出す。

「うわーっ、ティファニー・セッティングだっ‼︎」

エンゲージリングの大定番だ。
アームのど真ん中にたった一つだけあるダイヤモンドが、店内のオレンジ色の照明の光を浴びて、キラキラと輝いている。

あれだけ激怒りだったのに、沙知のたった今プラスに転じたベクトルが、いきなりマックスに振り切れた。先刻(さっき)までの鬼の形相が、今や天使のように愛くるしい笑顔だ。
恐るべし、ティファニー。
これぞ、まさしくティファニー・マジック。

「申し訳ないけど……こちらは、お返ししたはずです」

稍は頭を下げた。美しい三〇度のお辞儀だ。

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