偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎
「……ちょっと、一杯でも引っかけないと、話せないことだから」
そう言って連れて来られたのは、海外でも有名な系列のホテルにあるバーだった。
もちろん落ち着いた雰囲気の典型的な「オトナの宿り木」的な店である。
麻琴は「奥、いいかしら?」と若いバーテンダーに目で合図する。
どうぞ、と促されると、彼がスタンバイしているカウンターを素通りし、グレージュの長い髪をなびかせて颯爽と奥のテーブルに向かう。
手に持った黒のバルパライソがよく似合っていた。エルメスもこんな人に持ってもらえたら本望だろう。
彼女が一人で来たときはカウンターに座って、時折バーテンダーと一言二言会話をして、静かに呑む情景が思い浮かんだ。
奥のテーブル席は、ゆったりしたソファのある居心地のよさそうな空間だった。
腰を下ろすと、バーテンダーがおしぼりを持ってきた。背筋をすっ、と伸ばしてやたらと姿勢がいい。ネームプレートに「杉山」とある。
「最初はビールでいいかしら?」
稍は肯いた。
「仕事帰りでお腹空いてるわよね?」
稍は「いえ…あまり……」と答える。
「あら、そう……実は、わたしもなのよ。でも、空きっ腹にお酒はよくないから」
そう言って、ビールとともにチーズの盛り合わせとトマトのサラダを杉山にオーダーする。