今宵は遣らずの雨
雨脚は強いままで、一向に弱まる気配がなかった。
雨雲で覆われた天のせいばかりでなく、雨戸でも遮られていた家屋の中はすでに暗かった。
奥の座敷の間の隅に置かれた行燈の、火皿の芯に火を点しながら、小夜里は途方に暮れていた。
番傘を貸して、男を帰そうかとも思ったが、男の着物も袴も濡れたままなかなか乾きそうにもない。
かと云って、武家の男に浴衣のままで外を歩かせるわけにもいくまい。
しかし、思案していても仕方がないので、とりあえず男を座敷に通すことにした。
そして、おきみが支度した夕餉の箱膳を男に出した。
自分のための菜がなくなった小夜里は、男が帰ったあとに茶漬けでも啜ろうと思った。
父が着るはずだった浴衣を男は身につけていた。
傍らには二本の大小の刀が置かれてあった。
そして、差し出された箱膳に目礼し、むっつり黙ったまま、男はそれをきれいに平らげた。