今宵は遣らずの雨
たとえ側室の子であろうと、宮内少輔は小夜里が産んだその子を跡取りである「嫡子」にするつもりだった。
だが、このことが故郷の安芸広島藩で知られると、その子を次代の藩主にと推す一派が現れ、お家騒動に発展する恐れがある。
また、いきなり小夜里を側室にして、その子を城下で育てるとなると、反対勢力による身の危険も生じる。
実際に、宮内少輔自身も物心がつくまで、百姓家に身を潜めさせられていた。
結局、宮内少輔は断腸の思いで数年間、ただ他郷で見守るだけとなり、生まれた子は町家で育つことになる。
藩主によって密かに「鍋二郎」と名付けられた「嫡子」を、絶対に流行り病や疱瘡などで、死なせるわけにはいかない。
だから、宮内少輔は幼なじみで御殿医でもある竹内玄丞に、小夜里と鍋二郎を託したのだった。