今宵は遣らずの雨

駆けつけた町医の竹内(たけうち) 玄胤 (げんいん)は、診立てが終わって、おきみが手桶を持って座敷を出たあと、

「……わしの出番はないようじゃな……三月(みつき)あたりじゃろうの」

と呟いた。

嵐のようなあの一夜が過ぎたあとは、なにをするにもぽっかり穴が開いたようだった。

居たたまれぬ思いを抱いた小夜里は、身辺をやたらと(せわ)しくしていた。

どことなく身体(からだ)がだるく、いつも寝足りない心持ちなのは、その所為(せい)だとばかり思っていた。

月の(さわ)りがしばらく途絶えていたことに、今さらながら気づいた。

小夜里は目の前がさーっと暗くなった。

「滋養を摂って養生しなされ。無理がたたると腹の子に障りがあるゆえ、また倒れるぞよ」

そう云って、玄胤は辞去するために立ち上がった。

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