大切なものを選ぶこと
「事情を何も知らない、ましてや初対面の赤の他人に知ったような顔をされて干渉されるのは腹が立つよな」
「え…?」
「だから俺は何も聞かない。
君がここにいる理由も、君の涙の理由も。」
「……………。」
「でもな、何の関係もないやつに話すだけでも心が軽くなることもあるぞ。使いたくなったら俺を使ってくれな」
そう言って薄く口角を上げた男の人は、2本目の缶ビールを開けた。
‘ま、俺は隣の住人がこんな時間なのにうるさいからここで時間つぶしてるんだけどな’
ゆるく、あくまでも独り言のように言った男の人。
あぁ…この人は相当モテるんだろうな…。顔云々の問題じゃない。
人の気持ちに機敏で…気を使わせないように…気を使わせないようにしていることさえも悟らせないようにしてくれている…
───男性はチラリと高そうな腕時計を見て、‘もうこんな時間か…’と呟いた。
「……帰るんですか?」
「んー、もう少し経ったらな」
「話…聞いてもらえますか…?
聞くだけでいいんで…」
「ん」
この人と会話すると物凄く心が落ち着いて、誰かに聞いて欲しくなって、思わず言葉が出た。
──でも、話すといっても何を言っていいのかわからない。
数分、無言で言葉を選んでいる間も、男性は何も言わず、急かすこともなく待っていてくれた。
「……浮気…されてるんです…」
「………………。」
悩んだ後に出てきた言葉がなんて陳腐なんだろう…。
いや、違う。
心のどこかで、暴力を振るわれているとか、彼氏のはずの男に半ば犯されているなんてことをこの人に知られたくないんだ…。