大切なものを選ぶこと
言葉が…継げなかった…
今まで色んな経験をしてきたけど、誰かにここまでの敵意を持たれるのはこれが初めてだ。
私の目の前に座る人は今までに関わったことのない世界の人で、その威厳と貫禄の前では何も言えなくなる。
「安心しろ。君のような小娘、殺すに値しない。だが、秋庭のことを少なからず知ってしまったようだからな。好きな金額を言いなさい、この場で現金を用意させよう」
「ッッ、」
目が全く…笑ってない…。
本気だ。この人は本気で弘翔と別れろと言ってるんだ。
極道の頂点に立つ人と、ごく普通の大学生、何も言い返せるはずがない…
だけど、それでも、あの時に私は弘翔の言葉だけを信じると決めたんだ。
自分の口で、この人に言わなければ…
「ッッ、そ、れは…弘翔と別れろって…こと、ですか…?」
「それ以外の何に聞こえたんだ?」
「………できません…」
絞り出すような小さい声で言えば、再び見据えられた。
何かを探るような、真意を見透かすような視線が刺さる。
「お金なんか…1円もいりません…。弘翔が私のことを嫌いになるまで…、弘翔に別れてほしいって言われるその時まで…別れません…」
「………………」
「………………」
「もう一度だけ言おう。
弘翔とは別れなさい。」
「………………。」
「………………。」
「………嫌です」
───瞬間
目の前の人の絶対的な、威圧的なオーラが無くなった…。
「いやー、参った」
結構ガチな仕事モードだったんだけどなぁ。
小さく呟かれた声は先程までとは打って変わって、柔らかい。
何が起きたのかと思い、顔を上げると…
弘翔によく似た、優しくて柔らかい表情と目が合った。
そして…
「お父さん!演技完璧だったのに~!残念!!」
勢いよく襖が開いた。