大切なものを選ぶこと
「美紅ちゃん。昌は普段、全く頼りにならないし軟弱なのよ」
「え、椿…それは言い過ぎじゃないかなぁ…」
「黙ってなさい」
「はい…」
一喝されて組長さんは困ったように口を噤んでしまった。
え、この人、本当にさっきの貫禄のある人と同一人物だよね…
完全に尻に敷かれてる…。
「でもね、人の上に立つ時、組長としての秋庭昌之になる時、さっきの顔になるのよ」
「………………」
「極道の男は極道で在る時、人を殺せる顔になるのよ」
凛とした声が少し柔らかくなった気がした。
「あなたがどれだけ弘翔のことを大切に思ってくれているのか、私にも昌にもちゃんと伝わったわ」
ふわりと笑った顔は…やっぱり弘翔に似ていて、とても優しかった。
その隣で笑う組長さんも、やっぱり弘翔に似ていて優しい顔をしている。
──「親父、お袋」
ちゃんと紹介します
「横手美紅さん。
俺の大切な、愛してる女性です」
二人の顔をじっと見てから、深く頭を下げた弘翔。
それにつられるように私の頭も自然と下がった。
「頭を上げて弘、美紅ちゃん。まさか弘が一般人に手を出すとは思ってなかったわ。言いたいことが全くないとは言わない。それでも、自分の息子が心底惚れてる相手を紹介してくれたなら、手放しで喜ぶのが親ってものよ。ね、昌之」
「あぁ。美紅ちゃん、弘翔のことよろしく頼むよ」
‘というか…’
そう前置きした組長さんは…
「俺!普段はさっきの感じじゃないからね!!ホントごめんね!椿に言われて仕方なく仕事モードにしただけだからね!!嫌いにならないでね!!!」
再び半泣きで謝り始めてしまった。
土下座せんばかりの勢いだ…
さっきは殺されるんじゃないかと思ったけど、どうやらこれが素らしい。
慌てて私に謝罪している組長さんの横で大爆笑しているお姉さんとお母さんを見ると、何となく秋庭家の力関係が見えてくる。
「美紅、親父のことは許してやってくれな。親父はお袋に逆らえないんだよ」
弘翔も申し訳なさそうに言うので、小さく頷いた。
そもそも、最初からそんなに怒ってはいない。確かに怖かったけど…
お母さんは謝る組長さんを見てひたすら笑っているし、お姉さんは
「私は便乗して賭けの対象にさせてもらっただけだから~ごめんね、弘、美紅ちゃん」
とケタケタ笑っている。
その笑顔を見ていると怒れないし、むしろ温かい空気になった。
そして何よりも、慌てふためく組長さんの後ろの掛け軸に『どちらかといえば女尊男卑』と書いてあって、この家での男性の立場を察せざるを得なかった…。