大切なものを選ぶこと
「まぁ、そういうことになりますね。納得していただけましたか?」
「は、はい」
口角だけ上げて笑った蓮さんはコーヒーに口をつけてから再び私に視線を戻した。
その一挙一動がやっぱり恐ろしいくらいに優雅だ。
「名前は好きに呼んでください。歳は…弘翔、あなた今年いくつでしたっけ?」
「26」
「あぁ…では私は今年36になりますね」
「…36歳…!?」
「えぇ。何か?」
「い、いや…」
36歳…見えない。
年齢詐称系の夏樹さんとかとは全く違うタイプ。
なんというか、凄い若く見えるってわけではないんだけど。
20代後半から30代前半くらいかなって勝手に思っていた。
あ、そっか。弘翔と10歳も離れてるっていうのが変な感じがする原因だ。
お兄さんってことは弘翔より2~3歳上かなって思っていた。
「秋庭幹部、組長代理兼諮問部屋の総責任者をしております」
「しもんべや…?」
「知らないほうがよろしいかと」
有無を言わさない視線を投げられて思わず黙る。
怖いわけではないけど…何となくこの人には一線を引かれている感じがする。
弘翔が蓮さんに絶対的な信頼を置いていることは分かる。
だけど…私には立ち入れない、決して立ち入らせてもらえない領域がある。
「あの…私も自己紹介を…」
「いえ、結構ですよ」
目が笑ってない。
口角だけで笑っている。
優しいはずの表情なのに、どきりと心臓が跳ねた。
多分、蓮さんは人前で本当の笑顔を見せないタイプだ。
決して冷たいわけではないけれども、柔らかくて優しいその顔の裏には何かがある。
「貴女のことは幼少期から現在に至るまでの全てを調べさせていただきましたので」
「…………」
表情を一切変えずに当たり前のことであるかのように言う蓮さん。
気まずくなりそうな場を一変させたのは、今まで我関せずでスマホを弄っていた葵ちゃんだった。
「弘兄のことになると相変わらずですねー、蓮さんは」