大切なものを選ぶこと
「ゲッ…聖ちゃん…」
「ほら、聖弥さん来たんだから早く帰れよ」
楓さんとそんな会話を交わしながら弘翔が玄関に向かう。
今ちょうど葵ちゃんの話を聞いたので、高巳に会うのがちょっとだけ気まずいような…。
「邪魔するぞ」
低い声で言ってリビングに入って来た聖弥さんと、軽く片手を挙げて入って来た高巳。
「あーやっぱここにいたんですね蓮さん。探しましたよ」
「おや、高巳君に探されるような事をしたでしょうか」
「何言ってるんですか。仕事の話ですよ、仕事の」
高巳と蓮さんが軽口を交わしている横で…
「聖ちゃんのバカッ!」
楓さんが思いっきり聖弥さんにクッションを投げつけた。
あぁ…私のお気に入りのクッションが…
というか、楓さんを止めずに笑いを噛み殺している弘翔と隠す気もなく盛大に笑っている葵ちゃんはなんなんだ。
「人前でその呼称を使うな」
「今それ関係ないでしょ!」
「「「ッッ!!!」」」
弘翔と葵ちゃんに釣られて私も笑ってしまった。
確かに聖弥さん…今それは…
眉間に皺を寄せて物凄く不機嫌そうな表情を浮かべた聖弥さんはそのまま楓さんの腕を引いた。
「帰るぞ」
「ちょっと、離してよ!私の事なんかどうでもいいくせ!」
「………………。」
「今日の結婚記念日を楽しみにしてたのなんか私だけで馬鹿みたい…。昨日から一人で期待して聖ちゃんのこと待ってたのに、こんな時間になっても帰って来てすらくれなかった…」
「………………。」
「結婚して、子供ができたら、もう一人の女としては見てくれないのね」
ふと時計を見ると、時刻は20時を少し回っていた。
今まで強気だった楓さんの語尾がだんだんと弱くなって、楓さんの表情が悲しそうなものになったので、何とも言えない雰囲気になった。
「忘れてなんかない。
お前が俺のものになった日を忘れてたまるか」
「でも…」
「今日、どうしても断れない仕事が入ってたから、その仕事を無理やり前倒しにして昨日にした。こんな時間まで長引くとは思っていなかったがな。すまなかった、何も言わなかった事については謝る」
「だって…「うるさい黙れ」」
「駿に飯食わせて寝かしつけたらこんな時間になっちまったが…楓の好きな店の予約は二ヶ月前から取ってある。今からでも遅くはないだろ」
「……うん」
それに…
俺は何年経っても楓のことを女としてしか見てない。
子供両親に預けて、明日は仕事を完全に休みにして、ついでに良いホテルを二ヶ月前から抑えとくような男だぞ俺は。
最後に聖弥さんがどんな表情を楓さんに向けたのかはわからなかったけど、最後の言葉と同時に楓さんの顔が真っ赤に染まった。