大切なものを選ぶこと
「おい、あんた」
美紅のことを軽々とお姫様抱っこした秋庭さんは真っ直ぐにタクミさんに視線を向けた。
「ありゃ、酔った女に飲ませていい度数の酒じゃなかったよ」
今日は未遂だったから目を瞑るが…
「次は…許さん」
先程まで私たちと話していた時よりオクターブ低い声。
有無を言わさない圧倒的な声で一言だけそう呟いた。
───タクミさんにそれだけ言うと、すぐに踵を返した秋庭さん。
「俺と美紅はこれで失礼します」
「あ、はい」
「今後も美紅のことよろしくお願いします」
「もちろんです!」
「外にタクシー手配してあるので三人もそろそろ帰った方がいいですよ。もう女性が出歩いていると危ない時間ですから」
それだけ言うと、秋庭さんは美紅のことをお姫様抱っこしたままで個室を出て行った。
「………………」
「………………」
「………………」
秋庭さんが去ってから何となく誰も口が開けなかった。
それくらい完璧で別次元の人のようだった。
完璧すぎる容姿だけでなく声や立ち居振る舞い、それに気遣いに至るまで。
自分の顔と身長、学歴だけを自慢してふんぞり返っていたナルシストとは比べ物にならなかった。
「はーい!じゃあそろそろお開きにしよう!美紅ちゃん帰ったし、ここ三時間制なんだよー!みんな出て出て!!」
何とも言えない雰囲気になりかけていたのを男性幹事がうまくフォロー入れてくれた。
その声に便乗して私たちもいそいそと帰り支度を始めた。
それなのに…
「んだよ、あいつ!!」
空気の読めないナルシストは最後まで健在だった。
「おいタクミ!お前ホント飲みすぎだって!駅まで送るから早く帰るぞ」
「どうみたってあんな奴より俺の方がいい男だろう!あんなの絶対顔だけだ。学歴も収入も俺の方が上だろ!!」
「いい加減にしろよータクミー!」
「女はいいよな!タダで飲み食いできてよ!これじゃ俺たち払い損じゃねーか!結局あの男と女だって金払わずに帰ったしよ!カッコつけといて無銭飲食かよ!」
そういうナルシストにさすがにカチンときた。
由美子と加奈も同じように頭にきたらしく、二人とも財布を出している。
美紅の分のお金も一緒に叩きつけて早くこの場から去ろう…
そう三人で決意したとき───
「失礼しますお客様、そろそろ退席いただくお時間なのですが…」
場違いなくらい爽やかな笑顔ともに店長さんが入ってきた。