王太子の揺るぎなき独占愛


「サヤにベタ惚れのお兄様のことだから、サヤがほしい布や材料すべて揃えてくれるはずよ。もうサヤの部屋なんだから、好きに変えていいのよ」

 サヤの手元を見ながら、ジュリアがつぶやいた。

「そうおっしゃられても、これだけの材料があれば当分の間は大丈夫です。それどころか私のこの実力では使い切ること自体不可能です。あ、でも紫の刺繍糸は取り寄せた方がいいですね」

 サヤは一生懸命針を刺しながら、どうにか答えた。
 紫のビオラの刺繍の練習を何度も繰り返し、濃淡それぞれの紫の刺繍糸は幾分減っている。

「ふふ、そうね。でも、これだけ熱心に練習するなんて思わなかったわ。お兄様もきっと喜ぶわよ」

 サヤはからかうようなジュリアの声に反応することなく、刺繍に集中する。

 以前に比べれば、どうにかビオラに見える程度の刺繍ができるようになっているのだが、軍服に施すまでにはもっと上達していたい。

 レオンへの思いも加わって、サヤの努力は相当なものだ。

 ただ、生来の不器用さからなのか、練習する時間に比例して腕が上達しないことが、サヤの最大の悩みとなっている。

 ゆっくりと慎重に針を刺すサヤの傍らで、ジュリアはおもむろに手元に置いていた本を広げた。

 それは、サヤが子どものころから愛読しているものと同じ本で、わざわざ取り寄せ、ジュリアにプレゼントしたのだ。

 洋ナシのパイの作り方もわかりやすい絵とともに載っている。

「なかなかサクサクのパイにならないのよね」

 ジュリアは作り方を丁寧に読みながらため息をついた。


< 175 / 261 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop