君のことは一ミリたりとも【完】
私がそう言うと「それは困る」と照れるように微笑んだ。
そして暫くして、彼は意を決したように本音を話し始めた。
「……もうさ、好きになってもらえそうにないからいっそ嫌われちゃおうかなって思ってさ」
「そんなこと……」
「あるでしょ? 今日も怒らせちゃったみたいだし」
それは確かに、私はあの時は動揺して唐沢の言うことに耳を傾けなかった。
その態度を見て彼は今の考えに至ったのだと理解し、誤解を与えていたのは私と同じだったのだと気付く。
「俺ね、親どっちもいないの。母親は昔離婚して、父親は俺が小学生の時に死んでる。それからは父親の両親の元で暮らしてた」
「……それ、ちょっと優麻から聞いたかも」
「そ? だからか知らないけど常に人の顔色伺って、人に嫌われないようにするのは癖になっちゃって。思ってもないようなこと口にして、本能的に仲良くなれなさそうな人からは距離を置いて、そんな感じで生きてきたんだけど」
高校の頃に出会った唐沢は周りに溶け込むのが上手い人間だった。第一印象はそこまで悪くなく、彼の性格の悪さを知らない人であれば人当たりの良い好青年に思えるだろう。
周りに敵を作らないようにして、ヘラヘラしている姿は私から見たら嫌悪感の対象になることであった。
「だけど河田さんは俺が何しても俺のこと嫌いみたいだし、全く好きになってもらえそうになかったから。だからいっそのこと、逆にしようかなと思ったんだ」
「逆?」
「一回、心底人に嫌われてみたかったんだよね」
彼はそれを笑顔を浮かべて呟いたが、その裏には悲しそうな表情が隠れていた。
嫌われてみたかったという言葉を普通に述べられる人はいるのだろうか。それは彼の本音でありながらも、「人に嫌われたくない」という願望の現れなのだろう。