君のことは一ミリたりとも【完】
「いただきます」
朝の9時を回った頃、私は焼いたトーストにマーガリンを塗り口へと運んだ。
前の会社に就職してから始めた一人暮らし、4年もしていればもう既に色々慣れてきた。
だかれ大好きな人に振られた次の日だって当たり前に起きてお腹空いたらご飯を食べるし、折角の休日はどうやって過ごそうか、なんて呑気に考えてしまっている。
いや、いつも通りにすることによって彼のことを考えないようにしているのかもしれない。少しでも頭を過るとあの時のことを思い出して感傷的になってしまうから。
「(こういうところが可愛くないんだろうな)」
それが原因で人にあまり好かれなかった人生。特に気にしたことはなかったけれど。
『妻のお腹に子供がいる』
不意に彼の言葉を思い出した。子供、子供には勝てないよね。だって宝物だもん。生命なのだから。
本当に最低な人なら子供が出来た後だって私と関係を続けていたに違いない。彼は奥さんからその報告を受けた時に私との関係にけじめをつけようと考えたんだ。
本当に最低な人なら、別れないよね……
生瀬さんが悪い人なら良かったのに。
あの人は狡い人なんだ。
「(目、真っ赤)」
歯磨きをしながら鏡を見て思う。メイクは落としたからさっきよりはマシな顔になっているけれど、昨日家に帰ってからも泣きまくったからか目がパンパンに腫れてしまっている。
今日はもう家から出られないかもしれない。部屋でジッとして仕事の疲れを癒そう。1日ぐらい外に出なくてもどうにかなる。
その為にもまずは部屋を片付けようと口を濯ぐと肩の下まで伸びた長い髪を一つにまとめる。
中学校から大学までずっと陸上部に入っていたから年中髪は短かった。伸ばし始めたのは彼と出会ってからだ。