君のことは一ミリたりとも【完】



内心の焦りを隠せず、彼女からの返信がなかなか来ないことに苛立ちが生じる。
しかし帰ってきたのは彼女らしい言葉だった。


【唐沢の家に決まってるでしょ。帰ってくる時間教えて】


俺は慌てて仕事を切り上げると仕事場を後にした。



自分の家のインターホンを押すと奥からパタパタと廊下とスリッパが擦れる音が聞こえる。
暫くして玄関から顔を覗かせた彼女にはぁと胸を撫で下ろした。


「良かった、急に帰ったとかいうから驚いた」

「大袈裟でしょ。今日1時間早く仕事終わったからアンタに連絡すんの悪いと思って」

「それでもこの間のことがあったのに一人で帰るなんて心配だよ」


すると彼女は呆れたように「過保護すぎ」と溜息を吐いてリビングへと廊下を歩いていく。
過保護って、あんなことがあったら誰でも心配するでしょ。亜紀さん意外と警戒心薄いし、それに今日だって小林から亜紀さんの名前が出たばかりだし。

気持ちのすれ違いに複雑な思いを抱えつつ、玄関で靴を脱いでいるとリビングに続くドアから何やら食欲を誘う匂いが薫ってきた。
もしかして、と足早に向かえば亜紀さんが俺のエプロンをして台所に立っている。


「え、なに。どうしたの」

「……」


スープの味見をしていた彼女が少し照れ臭そうに俺のことを見た。


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