君のことは一ミリたりとも【完】
私はこの男が昔から嫌いだった。理由はただ一つ、ひたすらに性格が悪い。
あの名前通りに爽やかな顔からは信じられないくらいに腹黒く、そして平気で人を見下す。自分が認めた人間の前でしかいい顔をしない、人を振り回すことが大好きな悪魔みたいな男。
私はそれを高校の時に嫌という程知っているからもう二度と関わりたくなかったのに。
それなのにいきなり「付き合おう」ってなに。目の前で男に振られた女に掛ける言葉?
ていうか何、アイツ私のこと好きなの?
「……いや、私のことからかって楽しんでるだけだ」
昔からそういう男だったし、きっと私で遊んでいるんだろう。
あんな男のことで時間を無駄にするなんて勿体無い。今の私は誰のものでもない、私のものだ。
もう二度と会うこともないだろう、あれも夢の出来事だと思って忘れてしまおう。
私は再びゴムで髪の毛を括ると鏡に映る自分と向き合うと数回その頰を強く叩いた。
部屋の掃除をしようと溢れかえったものを片付けていく。断捨離でもすれば少し気が晴れるかと考えたからだ。
だがその行動は裏目に出た。
「(あ、生瀬さんから貰ったピアス……)」
とネックレスやら鞄やらアロマキャンドルやら。ご丁寧に残している自分を殴りたい。
まさかこんなことで自分の首を絞める日がやってくるとは思ってもみなかったのだ。
どうしよう、これ。返した方がいいのかな。だけど返されてもって感じだよね、多分。
それに返したところでそれが奥さんに見つかったらまたややこしいことになるんだろうなぁ。
断捨離をしようとしていたんだから捨てればいいものの、なかなか手が動かない。
まだ私はこれらの思い出をゴミ袋に捨てる勇気がないのだ。
「あんなことされておいて、まだ好きとか馬鹿みたい……」
私は私が一番嫌いだ。
まだ彼のものが溢れたこの部屋から出ていきたくない。