君のことは一ミリたりとも【完】
「そんな、嬉しいねえ。それじゃあもう少しでほうれん草が茹で上がるから、それを冷水に晒してもらおうかな」
「任せてください」
普段から優麻ほど料理はしないがそれぐらいは出来そうだ。
彼氏の家族と一緒に台所に立つという経験が初めてなので、嫌でも緊張して手順を間違えてしまいそうだけど。
「爽太は元気でやってるかね。顔を見せてくれるのは嬉しいけど仕事の話はあんまりしない子だから」
「そうなんですか?」
「仕事の話は難しいし、心配させるだけだって思ってるのかもしれないね」
普段から忙しそうに仕事をしている姿を見せると家族は心配するかもしれないな。
だけど唐沢が多少無理をする性格であるのは家族だからこそ理解はできているようにも感じた。
「よかったら近くで支えてやってもらえないかね。しっかりしてそうだから」
「……」
いつの話だったか、唐沢は話してくれたことがある。唯一の家族である祖父や祖母の顔色を伺って生きてきたと。
こんなに優しい家族なのにどうしてそんなことを気にするのか分からなかったけど、彼は敢えて二人を困らせるようなことを言わなかったんだと思った。
二人の笑顔を守りたかったから。
「……はい」
私に嫌われたかった、と彼は言った。
今の唐沢を変えられるのは私なのかもしれない。