星夜光、きみのメランコリー
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千歳くんが、「帰ろう」と腰を上げたのは、時計の短い針が9を指した頃だった。
…もうこんな時間。ちょっと罪悪感を感じつつも、また千歳くんと同じ時間を過ごせたことを喜んでいる自分がいた。
「千歳くん、今日はスケッチブック使わなかったね。よかったの?」
「よかったも何も、お前が月の色とかなんとかとの会話をいちいち通訳してくるから、それどころじゃなかったんだよ」
「あちゃー、そうでしたか」
千歳くんと並んで歩く。少ない街灯に照らされた光に、2つの影ができていた。
「それにこんな暗かったら描けるわけねぇだろ」
「エッ、それはあたしのせいではなくない?」
「まぁそうだな」
そんな他愛もない話をしながら、てくてくと足を動かす。
きっと千歳くんの家はこの辺りなんだ。学校の方に近いって言っていたから、それはもう分かってる。
それでも、公園を出るときに「鎌倉駅まで送る」と、彼は言ってくれた。ジェントルマン。みんなから王子と呼ばれるわけだ。
さっきよりも人が少なくなった駅の近くに着くと、千歳くんは信号で足を止めた。青だったのに、どうしたんだろう。
「…天香」
「ん?」
心地よい、冷たい風が吹いた。そのせいで、千歳くんの星色の前髪が風にさらわれる。
「…明日の放課後、図書室に来てよ」
あたしも必死に髪を掻き分けて彼の方を見ると、ヘーゼル色の目があたしを捉えていた。
「放課後? 図書室? またお友達にお仕事任されちゃったの?」
…お友達の名前、なんだったっけ。あ、思い出した。右京くん。
「…いや、まぁ、うん、そんなとこ。とりあえず、明日暇なら」
「うん、行く!」
「早いな」
縋り付くように返事をすると、「近い」とおでこを叩かれてしまった。
さっきは千歳くんの方から近づいて来たくせに。変な千歳くんだ。
「とりあえず、今日は帰れ。寄り道すんなよ」
「しないよう。千歳くんはあたしをなんだと思ってるんですか!」
「嫌なことあってヘコんだら女1人で暗闇の中に入ってシクシク泣いてるくらいには変な奴だと思ってる」
「異論ありません!」
信号の色が、再び青になった。ふざけていると、「早く行け」と急かされた。
「じゃあ、また明日の放課後ね、千歳くん!」
「はいはい。いーから早く行け」
「ありがとうー!!」
ぶんぶんと大きく腕を振る。反対側に渡ると、電車が来るとアナウンスが入った。
鞄にぶら下げていた定期を慌てて準備する。ピッという音とともに、もう一度後ろを振り返ったら、ひらひらと手を振る千歳くんの姿が見えた。
…また明日、図書室で会える。
彼の姿を見ながら、そんなことを考える。
一番星が見えた頃に渦巻いていた大きな不安は、もう心からはいなくなっていた。