きみだけに、この歌を歌うよ
私はふるふると首を横に振った。
「びっくりしただけ…」
安堵の息をもらした愁の両手が、また私の腰に回る。
「なぁ……戻ってきてよ」
ぎゅっと、私の腰を抱く愁の両手に力が入る。
「愛してる。誰よりも、菜々だけのことを」
私は愁の背中に腕を回すことはしなかった。
「好きだよ、菜々」
また深く甘いキスが落とされても、胸を叩いて拒むこともしなかった。
目を閉じて、されるがままに。
ただただ、愁の腕の中にいた。
こうして抱きしめられるのも、キスをされるのも嫌じゃない。
だけど……あのころのように、心は満たされなかった。
幸せだなって、そんな感情はなかった。