君はヴィラン ―冷血男子は結婚に懐疑的―
 身体のライン、そう、身体のラインなのだ。
 藍は思った。

 あの『黒いの』は、黛由真のシルエットに似ている。藍は一目見てそう思った。

 確かめる術は無い。しかし、今、藍は確かめたくないような、そうではないような複雑な気持ちがあった。今夜、現場に行こうとしなかったのもそのせいだった。

『急な仕事で』

 そう言って、由真は帰っていった。
 今、藍が方向転換して向かう『現場』と、由真が向かった先が別ならばいいと、藍は思っている。

 しかし、もし、自分の予想通りだったならば。

 藍は、自分のこうした心の動きに戸惑っていた。

 立場上、藍に言い寄ってくる女は少なくは無かった。藍の『家』の持つ力者、藍自身の外見に魅力を感じている者、外見など、皮相的なものにすぎないというのに。

 けれども、藍の持つ『役割』上、そうした者達の心にあるわずかな『闇』は、嫌でも藍を触媒として増大してしまう。

 藍の持つ『力』が、目ざとく相手の心の闇を育み、成長させてしまうのだ。藍が望むと望まざると関わらず。

 自分に好意を持った相手が、藍自身の毒気にあてられ、歪む様を藍は何度も見てきた。

 だから、藍は、感情を表面に出すことを辞めた。

 藍の感情に振れる事で、相手の心の奥底が解放されてしまう事を恐れたのだ。

 しかし、由真は違う。

 由真自身に一本芯が通っており、中心線は決してブレないのか、相手を尊重し、接してくれる。

 まだ出会ってそれほど時間は経過していないが、多分この先も、由真はブレないのだろう。

 それでいて、やわらかく藍自身を受け入れてくれるような所も感じられる。

 藍は、そこに身を委ねてしまいたくなるのだ。

 由真であれば、自分を受け入れてくれるのでは無いかと、心の奥で期待している。

 しかし、今、藍がたてている仮定、由真の素性が藍の予測通りならば。

 由真がブレないのは当然の事だ。

 何故なら、由真が、いや、由真達が、藍の一族とは相反する力を持つ者なのだから。

 できれば、『それ』を確かなものにしたくなかった。できる限り先延ばしにしたかった。

「本当に、ままならない」

 藍はひとりごちて、車を目的地に向かって走らせた。
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