婚活女子とイケメン男子の化学反応
~鈴乃side~
楓を出産してちょうど一週間。
無事に退院の日を迎え、親子三人で我が家へと帰ってきた。
「やっぱり家は落ちつくね」
楓をベビーベッドに寝かせ、ソファーに深く腰掛けると、零士さんがコーヒーを持ってやって来た。
「そうだな。家なら気兼ねなく鈴乃ともイチャつけるしな」
「え? 零士さん、あれで気兼ねしてたつもり? しょっちゅう楓と私にキスしてたくせに」
クスッと笑うと、零士さんは私を膝の上に乗せた。
「ホントはもっとこうやって、鈴乃を可愛がりたかったんだよ。楓も寝てるし、今夜はたっぷりキスさせて」
零士さんが耳もとで甘く囁いた時だった。
『ピンポーン』とインターホンの音がリビングに鳴り響いた。
「零士さん、誰か来たみたい」
「………」
「零士さん」
「はぁ……ったく。誰だよ、空気の読めない奴は」
零士さんが恨めしそうな顔で立ち上がる。
時刻は夜の8時。
こんな時間に誰だろうと思っていると、インターホンの前で零士さんが呟いた。
「そうか。あれが届いたのか」
「え? あれって?」
キョトンと首を傾げた私に「待ってて」と声をかけ、零士さんは急いでリビングから出て行った。
……
「え!? どうしてこんなもの買ったの?」
届いたのは、どういう訳かビデオデッキだった。
映画を見るにしたって、今どきビデオなんて借りることも買うことも出来ないのにと思うのだけど、零士さんはせっせと家のテレビに配線を取り付けている。
「ビデオを見る為だよ」
ポカンとする私に零士さんは言った。
「いや…だからね、何でビデオなんて見る必要があるの?」
サッパリ理解できずに問いかけると、零士さんは手を止めて隣の部屋からビデオテープを出してきた。
「これさ、この前鈴乃のお兄さんから預かったんだよ」
「えっ!? お兄ちゃんから?」
確かに兄はお見舞いに来てくれた。
でも仕事の急用が入ったとかで、私とはろくに話もできないまま帰ってしまったのだ。
兄が海外赴任をすることや、両親が離婚協議中だということは、後から零士さんから聞いたけれど、本当はこれを渡す為に来たのだろうか。
でも、どうしてビデオテープ?
「あれ?」
手にとってよく見れば、背表紙の所に『鈴乃へ。母より』という文字が書かれている。
「これって……」
思わず零士さんの顔を見上げる。
「ああ。鈴乃のお母さんが鈴乃に残したものみたいだな。ずっと義理のお母さんが隠し持っていたらしいけど」
「そ、そっか…このテープに、お母さんが」
思わず手が震えてしまう。
私は母の顔を知らない。
母は私が物心つく前に病死してしまったから。
位牌や遺影は母の実家にあるそうだけど、継母から母方の親戚とは縁を切ったと言われ、お墓さえどこにあるかのか知らないのだ。
「よし、鈴乃。準備できたよ。おいで」
「うん」
私はテレビの前に腰掛けて、大きく深呼吸した。
……………
……
数十年の時を超え、母の姿が映し出された。
初めて見る母の顔は驚くほど私とそっくりだった。
そして、生後まもない私も映っていた。
恐らく撮っているのは父なのだろう。
母に手ブレを何度も注意されながら、父は母と私の日常をビデオに残していたようだ。
初めての寝返りに喜ぶ母。
大泣きする私を必死にあやす母。
次々に映し出される映像から、母の私への愛情が痛いほど伝わってきた。
そして、
『鈴乃、見てますか? きっとこれが……私の最後の映像になると思います』
カメラの前にニット帽をかぶった母が現れて、私を抱きながらゆっくりと話し始めた。
『お母さんは、癌という病気でもうすぐ天国に旅立ちます。だから、このビデオテープに鈴乃へのメーセージを残すことにしました』
母はにっこりと笑う。
けれど、その目には涙が滲んでいた。
『鈴乃。まずあなたにお礼を言います。産まれてきてくれて本当にありがとう。あなたはお母さんに生きる力を与えてくれました。母としての喜びをたくさん教えてくれました。お母さんはあなたに会えてとても幸せです。ありがとね、鈴乃………。本当はもっと鈴乃にそばにいて、お母さんらしいこともいっぱいしてあげたいんだけど……できなくてごめんね………お母さんは天国から鈴乃のことを見守ることにします。鈴乃の人生が素晴らしいものになるように、お母さんはあなたのことをずっと応援しています』
母の目から涙がポロポロとこぼれ落ちた。
いつの間にか私も泣いていたらしく、零士さんが目もとの涙をそっと拭ってくれた。
少しして、再び母は笑顔で話し始めた。
『それから、お父さんのことですが……お父さんは不器用な人で家のことも何もできないような人だから、お母さんが死んだ後、鈴乃の為に新しいお母さんを見つけてくれるようにお願いしました。だから、もし、家に新しいお母さんがやって来た時は、温かく迎えてあげて下さいね。そうすれば、きっと新しいお母さんも鈴乃のことを大事にしてくれると思います』
スギンと心が痛んだ。
きっとこの時の母は、不器用な父が怖ろしい人選ミスを犯してしまうなどとは夢にも思わなかったことだろう。
何とも複雑な気持ちになる。
『それでは、そろそろテープの時間もなくなってきたのでお終いにしたいと思います。いつか鈴乃が恋をして、大切な家族ができた時は、お母さんにも紹介して下さいね。お母さんは鈴乃の幸せを心から祈っています。鈴乃……愛してる』
そこでプチッとテープが切れた。
「お母さん……お母さん!」
何も映らなくなった画面に向かって、思わず声をあげていた。
「鈴乃」
ギュッと零士さんに抱きしめられた。
私はその温かいぬくもりの中で、声をあげながら泣いた。
幼い我が子を残しこの世を去るということが、どんなに辛いことなのか。楓を産んだ今の私には、その苦しみが痛いほど分かる。
そんな絶望の中で母は私と最後まで強く生きてくれたのだ。
「私……すごく愛されてたんだね」
「そうだな」
「お母さんの分までしっかり生きて、楓を立派に育てなきゃね」
涙を拭きながら言うと、零士さんが私に優しく微笑んだ。
「そうだな。でもその前に、お母さんのお墓に行こう。お兄さんからお母さんの実家の住所を教えてもらったから。俺と楓を、ちゃんとお母さんにも紹介してよ」
「零士さん……」
再び涙が溢れ出す。
「ありがとう。ちゃんと紹介するね。私の大切な家族ですって」
「うん。俺もちゃんと挨拶するから」
「あっ、結婚式の写真も持っていこうかな」
「それなら、ちゃんと誓いのキスもみせてあげないとな」
「え?」
「ん?」
「それはいらない!!」
全力で首を振る私を抱きしめながら、零士さんはクスクスと笑っていた。
~番外編終わり~
楓を出産してちょうど一週間。
無事に退院の日を迎え、親子三人で我が家へと帰ってきた。
「やっぱり家は落ちつくね」
楓をベビーベッドに寝かせ、ソファーに深く腰掛けると、零士さんがコーヒーを持ってやって来た。
「そうだな。家なら気兼ねなく鈴乃ともイチャつけるしな」
「え? 零士さん、あれで気兼ねしてたつもり? しょっちゅう楓と私にキスしてたくせに」
クスッと笑うと、零士さんは私を膝の上に乗せた。
「ホントはもっとこうやって、鈴乃を可愛がりたかったんだよ。楓も寝てるし、今夜はたっぷりキスさせて」
零士さんが耳もとで甘く囁いた時だった。
『ピンポーン』とインターホンの音がリビングに鳴り響いた。
「零士さん、誰か来たみたい」
「………」
「零士さん」
「はぁ……ったく。誰だよ、空気の読めない奴は」
零士さんが恨めしそうな顔で立ち上がる。
時刻は夜の8時。
こんな時間に誰だろうと思っていると、インターホンの前で零士さんが呟いた。
「そうか。あれが届いたのか」
「え? あれって?」
キョトンと首を傾げた私に「待ってて」と声をかけ、零士さんは急いでリビングから出て行った。
……
「え!? どうしてこんなもの買ったの?」
届いたのは、どういう訳かビデオデッキだった。
映画を見るにしたって、今どきビデオなんて借りることも買うことも出来ないのにと思うのだけど、零士さんはせっせと家のテレビに配線を取り付けている。
「ビデオを見る為だよ」
ポカンとする私に零士さんは言った。
「いや…だからね、何でビデオなんて見る必要があるの?」
サッパリ理解できずに問いかけると、零士さんは手を止めて隣の部屋からビデオテープを出してきた。
「これさ、この前鈴乃のお兄さんから預かったんだよ」
「えっ!? お兄ちゃんから?」
確かに兄はお見舞いに来てくれた。
でも仕事の急用が入ったとかで、私とはろくに話もできないまま帰ってしまったのだ。
兄が海外赴任をすることや、両親が離婚協議中だということは、後から零士さんから聞いたけれど、本当はこれを渡す為に来たのだろうか。
でも、どうしてビデオテープ?
「あれ?」
手にとってよく見れば、背表紙の所に『鈴乃へ。母より』という文字が書かれている。
「これって……」
思わず零士さんの顔を見上げる。
「ああ。鈴乃のお母さんが鈴乃に残したものみたいだな。ずっと義理のお母さんが隠し持っていたらしいけど」
「そ、そっか…このテープに、お母さんが」
思わず手が震えてしまう。
私は母の顔を知らない。
母は私が物心つく前に病死してしまったから。
位牌や遺影は母の実家にあるそうだけど、継母から母方の親戚とは縁を切ったと言われ、お墓さえどこにあるかのか知らないのだ。
「よし、鈴乃。準備できたよ。おいで」
「うん」
私はテレビの前に腰掛けて、大きく深呼吸した。
……………
……
数十年の時を超え、母の姿が映し出された。
初めて見る母の顔は驚くほど私とそっくりだった。
そして、生後まもない私も映っていた。
恐らく撮っているのは父なのだろう。
母に手ブレを何度も注意されながら、父は母と私の日常をビデオに残していたようだ。
初めての寝返りに喜ぶ母。
大泣きする私を必死にあやす母。
次々に映し出される映像から、母の私への愛情が痛いほど伝わってきた。
そして、
『鈴乃、見てますか? きっとこれが……私の最後の映像になると思います』
カメラの前にニット帽をかぶった母が現れて、私を抱きながらゆっくりと話し始めた。
『お母さんは、癌という病気でもうすぐ天国に旅立ちます。だから、このビデオテープに鈴乃へのメーセージを残すことにしました』
母はにっこりと笑う。
けれど、その目には涙が滲んでいた。
『鈴乃。まずあなたにお礼を言います。産まれてきてくれて本当にありがとう。あなたはお母さんに生きる力を与えてくれました。母としての喜びをたくさん教えてくれました。お母さんはあなたに会えてとても幸せです。ありがとね、鈴乃………。本当はもっと鈴乃にそばにいて、お母さんらしいこともいっぱいしてあげたいんだけど……できなくてごめんね………お母さんは天国から鈴乃のことを見守ることにします。鈴乃の人生が素晴らしいものになるように、お母さんはあなたのことをずっと応援しています』
母の目から涙がポロポロとこぼれ落ちた。
いつの間にか私も泣いていたらしく、零士さんが目もとの涙をそっと拭ってくれた。
少しして、再び母は笑顔で話し始めた。
『それから、お父さんのことですが……お父さんは不器用な人で家のことも何もできないような人だから、お母さんが死んだ後、鈴乃の為に新しいお母さんを見つけてくれるようにお願いしました。だから、もし、家に新しいお母さんがやって来た時は、温かく迎えてあげて下さいね。そうすれば、きっと新しいお母さんも鈴乃のことを大事にしてくれると思います』
スギンと心が痛んだ。
きっとこの時の母は、不器用な父が怖ろしい人選ミスを犯してしまうなどとは夢にも思わなかったことだろう。
何とも複雑な気持ちになる。
『それでは、そろそろテープの時間もなくなってきたのでお終いにしたいと思います。いつか鈴乃が恋をして、大切な家族ができた時は、お母さんにも紹介して下さいね。お母さんは鈴乃の幸せを心から祈っています。鈴乃……愛してる』
そこでプチッとテープが切れた。
「お母さん……お母さん!」
何も映らなくなった画面に向かって、思わず声をあげていた。
「鈴乃」
ギュッと零士さんに抱きしめられた。
私はその温かいぬくもりの中で、声をあげながら泣いた。
幼い我が子を残しこの世を去るということが、どんなに辛いことなのか。楓を産んだ今の私には、その苦しみが痛いほど分かる。
そんな絶望の中で母は私と最後まで強く生きてくれたのだ。
「私……すごく愛されてたんだね」
「そうだな」
「お母さんの分までしっかり生きて、楓を立派に育てなきゃね」
涙を拭きながら言うと、零士さんが私に優しく微笑んだ。
「そうだな。でもその前に、お母さんのお墓に行こう。お兄さんからお母さんの実家の住所を教えてもらったから。俺と楓を、ちゃんとお母さんにも紹介してよ」
「零士さん……」
再び涙が溢れ出す。
「ありがとう。ちゃんと紹介するね。私の大切な家族ですって」
「うん。俺もちゃんと挨拶するから」
「あっ、結婚式の写真も持っていこうかな」
「それなら、ちゃんと誓いのキスもみせてあげないとな」
「え?」
「ん?」
「それはいらない!!」
全力で首を振る私を抱きしめながら、零士さんはクスクスと笑っていた。
~番外編終わり~


